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【五島を知る】青方岩家観音【新上五島町】

新上五島町青方郷に青方観音岳。ふもとの住宅地から車で5分ほどの山の中腹に岩家観音の鳥居があり、ずらりと並ぶ13体の水かけ地蔵が迎えてくれます。

 鳥居から続く参道の階段を上ると茶屋があります。ここを起点に参道を進むと、弘法大師(空海)と伝教大師(最澄)の立像がある広場、岩屋の石窟、そして室町時代のものとされるご本尊「十一面観音菩薩」が祀られている「岩家観音堂」に辿り着きます。また、上五島新四国八十八ケ所の第30、32、33、34番の石仏、さらに奥の山道には、くさりを使って登る「くさり観音」や青方の町を一望できる展望所があり、茶屋へ続く坂を下って、一周巡ることができます。

青方の町並みが一望できる
大陸を見つめる弘法大師(左)と伝教大師(右) 
入口がさらに狭い「西の院」

 

二か所の石窟は「奥の院」と「西の院」と呼ばれ、どちらも大人がギリギリ通るぐらいの狭い入口で、中へ入ると十一面観音や不動明王、薬師如来立像、弘法大師の石仏が安置されています。石窟の中で参拝をすると、ひんやりした空間に心が静まり、石仏に手を合わせながら厳かで神秘的な気持ちに。昔の人もこうやってお参りをしていたのかなと、思いを馳せました。 

 伝えによれば、およそ780年前のこと。この山の上に毎晩のように光が現れ、村人たちが不安がっていました。ある夜、青方の長福寺の寺僧、門永禅師の夢枕に観音様が現れて「われを光明の現れる地に勧請せよ。長く庶民をして安堵せしめん」と告げ、それが三日間続きました。門永禅師は夜が明けてから山に登り、生い茂る樹木の中を探し続け、奇岩が重なり洞窟となっているところを見つけました。そして、その場所に観音様をお祀りしたところ、それ以来、光明は現れなくなったそうです。

奥に進み入ると弘法大師様が

 観音堂に祭られているご本尊は、「33回開眼法会」の法要で平成18年(2006)に第23回目の法要が行われました。

 普段は、観音様の石仏やお地蔵様たちがじっと佇む静かな森ですが、毎年1月17日、18日に開催される「岩家観音大縁日祭」には、新年のご祈願や参拝に町内各地から多くの人が訪れ、茶屋では絵馬やお守りを手にする人で賑わいます。

参拝客をあたたかく迎える茶屋


名ガイドの太田慎五さん

勉強熱心で、各地のお観音様にも詳しい太田さん

令和4年1月、この大縁日祭に初めて訪れた際に「初めて来られたってですか?案内しますけん」と、保存会のメンバーである太田慎五さん(72)が、岩家観音はもちろん石仏や歴史など、その豊富な知識と軽快なおしゃべりで観音堂の周囲を案内してくれました。

岩家観音を案内する名ガイド

特に印象深かったのは、石窟を過ぎて少し山道を登った所でのこと。太田さんが「ここから見てみんですか」と、積み重なった石を少しずらすと、そこに明かりが差して石窟の中に石仏が見えるではありませんか。落ち葉に隠れ、気づかずに通り過ぎてしまう場所でも、ここを知り尽くす太田さんだからこそ、見せてもらえた仏様でした。上五島歴史と文化の会会員である太田さんは、ご友人と共に「上五島新四国八十八ケ所」の石仏を85体探し出し、文化講座で発表されたほどの歴史好きで勉強家。まさに青方岩家観音の名ガイドです。 さらに、雅号「愛蓮」、俳号「栗石」として書や短歌を嗜みます。岩家観音の参道には、太田さんの作品とも言うべき案内板があり、天然木の板に躍動感のある美しい書体が書かれています。茶屋や各ポイントに掲示してある書もほぼ太田さんによるもの。

 歴史と自然が融合する風景に書があると、どこか懐かしく豊かな時間を感じられます。 また、その場で紙とペンを取り出し、出会った人の名前や浮かんだ言葉からインスピレーションを得て、さらさらと即興で短歌を作るという才能もお持ちで、茶屋には太田さんが書かれた短歌が置いてあり、自由に持ち帰ることができるそうです。さて、次回の「岩家観音大縁日祭」開催は、令和5年1月17日、18日。初日は夜間も明かりが灯され、昼間とはまた違った幻想的な雰囲気を味わえます。年に一度だけのこの大縁日祭。新年のご祈願はもちろん、保存会メンバーのみなさんとの交流も楽しんでみてはいかがでしょうか。

即興で「上五島」をお題にした短歌を作ってくれました

【掲載先】fullyGOTO2022冬号

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