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第16回 五島で輝いている人

桶光 宮崎 光一さん 日本でもめずらしくなっている桶職人を生業としているのは、宮﨑光一さん、26歳。 小学生の頃からお父さんと一緒に桶職人の元へ通い、小刀で木を削るのが楽しく、コマや竹トンボをつくったりして“モノづくり”の楽しさを感じていたと言います。 実際に夏休みの工作で桶をつくったり、成長する過程でも桶職人の元へ通ってはいたものの、「まさか、自分が桶職人になるとは思っていなかった」という光一さん。 そんな彼を「桶職人の道」へ導いたのは、何だったのでしょうか? 桶職人になることを決意したきっかけ 単純に言うと、2016年1月に小豆島(しょうどしま)で行われた「木桶職人復活プロジェクト」がきっかけでした。 ただ、最初、そこに参加したのは「(大きな桶づくりを)どんな風につくっているんだろう?ちょっと見てみよう!」というとても軽い気持ちでした。 ですが、実際に見てみると自分たちがつくっているものをつくるのと、理屈は同じだがスケールが全く違いました。そして、何よりも桶に携わる人が多いことにとても驚きでした!その中でも自分と年齢が近い30代前半の現役の桶職人がいたのは、かなり衝撃でした。なぜなら、自分の中で「桶屋」を職業としてみていなかったからです。実際につくって、売って、それで生計を立てている… もちろん、自分の師匠もそうやってきていましたが、それは一昔前の話。現在、この時代に若くて現役バリバリでされている人に初めて出会い、正直「カルチャーショック」でした。 それと、桶を使っている人たち、例えば他の蔵(くら)の方たち、そしてその蔵でつくっている味噌や醤油を使っている料理人さんなど、細かい関わりをしている人たちがとても多く、全国的に桶を必要としている人がこんなにたくさんいる。なくて困っている人もいる… そういう状況を目の当たりにして、「自分が桶屋にならないといかん。独立しよう。」という思いが芽生えました。それと、その1ヶ月前に師匠から「一人でやる準備をしておけ」と言われていた言葉もリンクし、すべてが「タイミング」と感じ、独立を決意し、その後2016年4月には「桶光」を開業しました。 大切にしていること 「桶」というモノは、一度買ってそれをそのまま一生使うというモノではなく、メンテナンスをしながら長く使ってもらうモノなので「修繕しやすいように」、そして「50年後も100年後も使えること」を見据えてつくっています。 これまでも、何十年も使っているものの修理を頼まれることがありましたが、きちんとつくられたモノはタガを取り替えて、木の表面を削るだけでピカピカになり、新品同様に仕上がります。 もちろん「使えなくなったら捨てる」という文化が悪いとは思っていませんが、自分は一つのモノをそうやって長年大事に使うことが好きですね。 そして、もう一つ大切にしているのが桶についての「正しい知識」を伝えていくということ。例えば、カビてすぐに使えなくなるのではないか?などの間違った情報だけで、この桶が消えていくのはもったいないと思うので、実際に桶とは「どういうモノか?」「どのようにしてつくられ、どんな風に使えばいいのか?」などをお伝えするワークショップを行っています。今は県外の催事で販売する際に行っていますが、これからは、五島の中でも行っていく予定です。 独立して大変だったこと 独立するまでは、自分がおもしろくて趣味的な感覚でつくっていましたが、仕事として人にお金を出して買ってもらうとなったときに、自分のつくりたいモノではなく、相手の求めるモノをつくる必要があるということに戸惑いがうまれました。例えば、現代使用する上で使い勝手の良いモノにするためには、自分の中の「桶とはこういうモノ」という考えを捨てる必要があり、趣味の領域から仕事の領域につくり方や考え方を変えることが、最初の一年とても大変でした。そして、この大変な時期を乗り越えられたのは、大阪のきしな屋さんの多大なご協力があったおかげでした。今もお客様のご意見を取り入れながら、もっと良いモノを… という意識で常に改善改良をしています。 五島の伝統芸能とともに… 最近は五島の伝統芸能であるチャンココで使われている桶太鼓の修理を頼まれることもあります。それと修理だけではなく、新しくつくりたいと依頼があり、とても嬉しく感じました。五島の人口はどんどん減っていて、伝統を引き継いでいくことは、決して容易ではないことを考えると、自ずと「良いモノをつくらないかん!」と気持ちも引き締まりました。幸い自分はまだまだ20代、生涯現役と思っているので今後50年以上は面倒見ていける… それが、自分の役割のように感じています。 今後の方向性 全国に「桶」を拡めていくというビジョンの元、ワークショップなどの活動範囲を広げていくことと、更にSNSなども活用していくことを考えています。 また、これまでは「桶に興味のある人」を対象に詳しい説明を加えて深い話をしていましたが、これからは桶にまだ興味のない人にも桶の魅力を伝え、少しでも興味を持ってもらい、桶を使用する人たちを全国的に増やしていきます。 fullyGOTO2018秋号掲載 【取材・執筆・掲載】fully編集部

五島ではたらく若者応援 fullyGOTO2018秋号 表紙の顔

fullyGOTO 2018年 秋号 表紙の顔 藤原 理穂さん 今号の表紙に登場していただいたのは、新上五島町の居酒屋「海鮮処 酔道蔵(すいどうこ)」で働いている藤原理穂さん(26)。島を離れたことがない生粋の上五島人です。表紙ではしっとりと落ち着いた雰囲気ですが、よく動いて何でもテキパキとこなす仕事ぶりは店主の信頼も厚く、今やお店に欠かせない存在となっています。 高校を卒業後、島を離れる子どもがほとんどです 私は、ずっと島で暮らしています。島を出ようと思ったことも、出たいなと思うこともありますが結局、残っています。今は、平和に暮らしていくことができれば、それでいいと感じています。小学生のころはお花屋さん、中学・高校生のときは料理関係の仕事に就くのが夢でした。 酔道蔵での仕事のやりがいは? スタッフが私しかいない日は、忙しくなってしまうと少しキツいな、と感じることもあります。ですが、そんな日は仕事をやり終えたときに達成感もあって、やりがいを感じます。 それと、私以外に若いスタッフがあと2人いますが、みな仲が良く、ワイワイと職場の雰囲気も明るくて楽しいです。 若者目線で、島にあったらいいと思うものは? 24時間営業している食べ物屋があったらいいな、と感じています。島では、どのお店も早く閉まってしまうので。ファミレスがあってもいいですね。 応援企業 海鮮処 酔道蔵 様 「酔道蔵」が店を構えるのは、飲食店が数多く集まっている新上五島町の中心市街地・浦桑地区。店主の江口真良(えぐちまさよし)さん(45)は大阪で10年以上、和食の修業を積んだ経歴を持つ本格派です。 お店は3年間、現在の形態でオープン。地元でとれた海・山の食材と、焼酎を中心とするこだわりの地酒で人気を集め、常連客も多いようです。 人気メニューは、やはり「刺身の盛り合わせ」(1500円)や「すり身揚げ」(600円)といった島らしい魚料理。刺身の盛り合わせはカツオやアジ、イカなど、脂ののった旬の魚をふんだんに使い、来店者を満足させています。  もともと理穂さんの妹さんが酔道蔵で働いていましたが退職したため、店主が顔見知りだった理穂さんに働かないか、と声を掛けました。 「お客さんが少なそうな時は私と2人で店を回しますが、よく働きどんな仕事もスペシャリスト」と江口さんもその仕事ぶりには太鼓判。今や、なくてはならない存在のようです。 理穂さんは、非常に評判がいいそうですね とても人あたりが良く、お客さんの気分もよくしてくれるので、客商売に向いていると思います。接客から洗い物など中の仕事まで何でもこなしてくれ、とても助かっています。 fullyGOTO2018秋号掲載 【取材・執筆・掲載】fully編集部

第17回 五島で輝いている人

ユトリパンコヤ*ブランブラン 伊藤 砂織さん 土曜日の朝十時、三井楽のとある交差点に行列が。 それぞれが談笑しながらお店の中を覗くその先には、もっちりと膨らんだベーグルが並んでいます。 今回ご紹介する輝いている人は、三井楽にできたベーグル店「ユトリパンコヤ*ブランブラン」の店長伊藤砂織さんです。 白神山地の酵母との出会い OL時代に通い始めたパン教室で出会った白神こだま酵母。秋田県と青森県の県境にまたがる白神山地の腐葉土から生まれた、製パンに適した優秀な天然酵母です。 「この酵母は誕生した過程がすごく神秘的で。特徴の面でも、砂糖や油脂が少なくても、甘みが出てふっくら膨らむ所がとても魅力でした。最初は一般的なパンで事業計画も作ったんです。でも、卵・乳製品・バターなどの油脂を使わないベーグルのみを扱おうと決めました。」 千葉で開業した8年半前 千葉で暮らしていた伊藤さんは、2009年にベーグル店を千葉で開業。忙しい日々を送っていました。 「子供を見る時間がなかなか取れなかったり、もどかしさもあって。もう少し、ゆとりのある生活をしたいなと思っていました。その中で、引っ越すなら五島一択で考えていたので、子供がまだ3歳のこのタイミングがいいのかなと。」 巡り合ったのは旧床屋さん 「店舗探しの条件は、店舗と自宅が同じ建屋であることでした。ゆっくり子育てとパン屋ができたらいいなと思っている中で、この場所を紹介していただいて。海も公園も歩いてすぐに行けて、スーパーも近くにある環境の良さから決めました。 前に床屋さんだったので、名残も結構残っていて、それがそのまま使えていたりします。」 お店を入って右側には、待合スペースだった名残が。小さい子供が絵本を読んで待っていたり、買い物の後ちょっと座っておしゃべりをしたり、お店の形が変われど、人の集う場所は変わらず残されています。「本当は、もう少しお客様とゆっくりお話したいのですが、ありがたいことにオープンからたくさんの方に足を運んでいただくので、お待たせしないようにとレジ打ちで精一杯になってしまって……。 これから、もう少し落ち着いてきたらいろんな方ともっとお話をしながら、お店も変化していければと思っています。」 ベーグルができるまで ショーケースいっぱいに並ぶベーグルは種類も豊富です。しかも、どれも魅力的な内容で悩んだ挙句「全部!」と言ってしまいそうなほど。この多種多量のベーグルを、現在は伊藤さんお一人で材料の調達や仕込み、製造をしています。 「数種類のパン生地を前日に仕込みをして、店頭では約15種類のベーグルを販売しています。千葉のお店はスタッフ入れて4人でやっていたので、一人作業がまだ効率よくできていなくて……朝から晩までかかってしまったりもしています。 次の日は早朝から焼く作業があって、包装して開店。 主人にもたまにレジを手伝ってもらって助かっています。」 これから楽しみがたくさん 「食材も、地元のものをもっと使っていきたいので、いろいろな生産者の方ともお会いしていきたいです。五島産の青のりも探し中です。鯖の燻製を使ったり、和ベーグルの種類も増やしていきたい。これから余裕が出てきたら、パン教室もやっていきたいなと思っているので、そういった中でもいろんな方とお話できたらいいなと思っています。」 今回の取材で見た、ベーグルを作る真剣な眼差しと、これからの事を語る楽しそうな表情。この伊藤さんの魅力は、ベーグルを食べると、さらに納得。幸せな気分になる味でした。 fullyGOTO2018冬号掲載 【取材・執筆・掲載】fully編集部

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五島ではたらく若者応援 fullyGOTO2020秋号 表紙の顔

fullyGOTO 2020年 秋号  表紙の顔 松永 亜矢加さん 今回、秋号の表紙を飾ってくれたのは、松永 亜矢加(あやか)さん 27歳。五島海陽高校を卒業後、佐世保に本社を持ち医薬品、医療用衛生材料、介護用品、福祉用具を販売する企業、東七(株)の五島営業所に就職し、今秊10年目を迎えます。週に3~4回はバドミントンをしているというスポーツウーマンで、ベリーショートがよく似合い笑顔が素敵な女性です。仕事もプライベートも全力投球な彼女にお話を伺いました。 天職とも思える仕事との出会い 五島海陽高校で、ビジネス活動に必要な幅広い知識を学ぶビジネス系列を専攻していた亜矢加さん。卒業後は、学んだことを生かせる仕事に就きたいと考えていた時、今の職場の求人に出会います。「毎年求人があったわけではないので、この会社に入社できたことは本当に運が良かったと思っています。島外企業も視野に入れていましたが、母が背中を押してくれたのも大きく、地元就職を決めました。仕事内容は医療機関や調剤薬局などの得意先から注文を電話で受けたり、発注や配送の手配をするのが主な業務ですが、人手が足りない時は、商品課の手伝いや配達をする事もあります。医薬品を扱う会社のため、薬の名前を覚えること一つとっても、本当に大変で、入社当時はとても苦労しました。薬の名前や単位を間違えたり、失敗をしてへこむ事も多く、何度泣いたか分かりません。でも不思議と『向いていないのでは?』『辞めたい』と思ったことは一度もないんです。むしろ天職だとさえ感じています。もともと人と話すことが好きなのと、職場の環境が良いことも、続けられた理由でもありますが、何より、お客様からの『ありがとう』『助かりました』などの温かいお言葉が嬉しく、ここまで頑張って来られたと感じています。時には厳しいお言葉もあリますが、電話応対は顔が見えないからこそ、相手との距離感を大事にして、これからもプロ意識を持って精進していきたいです。」   地元五島で生きて行くということ 仕事に対し情熱を持ち、真摯に取り組む亜矢加さんですが、五島にずっと住むことを悩んだ時期もあったと言います。「高校卒業後そのまま地元に就職し、五島から一度も出たことがないと話すとびっくりされる事も多いんです。そのたびに社会勉強のために一度は五島を出た方が自分のためなのかなと悩む事もありました。でももし一度島外に出てしまったら、やると決めたらのめり込んでしまう自分の性格上、五島に帰って来られなくなるのではないかという不安もあったんです。自然豊かで人が温かい五島が大好きで、将来結婚したら五島で子育てがしたいとずっと思っていましたから、葛藤でしたね。」悩みながらも、仕事もプライベートも全力投球で向き合ってきた亜矢加さん。しだいにコミュニティも広がり、地に足が付き置かれた場所で咲こうと心が決まっていきます。「今は週に3~4回は所属しているバドミントンチームのメンバーと汗を流したり、縁あって中学生の指導のサポートもさせていただくなど、地元の交流の輪が広がっています。色んな繋がりが時にはプレッシャーに感じることもありますが逆にそれをプラスにして活かすようにしています。」また一緒に暮らす家族との何気ない時間もかけがえのないものだといいます。「母とは友達みたいな感覚です。一緒にドラマを観たり、買い物に行ったり、料理をしたり。好きなアーティストのライブにも一緒に行きますし、家族旅行は毎年恒例です。」家族や多くの仲間たちに囲まれ、今はここでの暮らしを心から楽しんでいるという亜矢加さん。社会人になって9年、いつの間にかここで生きていくことへの迷いはすっかりなくなったと話してくれました。   恩師の言葉を胸に向上心を持って 今後の目標をお聞きしました。「仕事もプライベートも常に向上心を持ち続けたいですね。高校卒業の時、当時お世話になっていた先生から『現状維持は後退』という言葉をいただきました。正直その時は、なんとなく聞いていた言葉ですが、社会人になってやっとこの意味がわかってきました。今の自分に満足し、これでいいと思っていたら、その先の成長は見られないという、この言葉を胸に、今後も今の自分に満足せず、常にスキルアップを目指し、成長していきたいなと思っています。また年始に立てた今年の目標は『オンとオフのメリハリをつけること』。仕事とプライベートをきちんと分けて、メリハリのある生活をしたいと思っています。仕事は定時退社を心がけて、アフターファイブは自分の時間として大事にしたいです。そうすることが仕事のやる気にも繋がると思っています。あと旅行が好きなので、京都にも行ってみたいですね。5年ほど前、社員旅行でオーストラリアに行ったのですが、また海外旅行にも行きたいなと思っています。」 やりたいことがいっぱいあると話す、バイタリティ溢れるポジティブな印象の亜矢加さんですが、実は意外にも心配性で、ネガティブ思考。悩みは多いと言います。でもそれは言い換えると慎重派で堅実とも言えます。自分の人生の進む方向を、その場その場でしっかり悩み、選び抜いてきたからこそ現実に満足できているのだと感じました。これからの五島を担う頼もしい若者をまた一人見つけました。

鬼岳とは?

鬼岳は標高315mの火山です。 山全体が芝生に覆われており、美しい曲線を福江島のいたるところから見ることができます。中腹にある展望所からは、福江市街と五島灘、2次離島である赤島・黄島を一望できます。山頂では、周りに木々がないこともあり、360度パノラマの絶景を堪能することができます。 福江港から車で15分程で行くことができ、駐車場から展望所までも徒歩5分、更にそこから10分程登り歩くと山頂にたどり着くことができます。山の形がなだらかなため草スキーや、ピクニックなどを楽しむことができ、一年を通して様々なイベントも開催されているので、島民からも観光客からも愛される、福江島のシンボルです。

第24回 五島で輝いている人

  大﨑たたみ店 畳一級技能士 二代目 大﨑一さん 新上五島町の玄関口のひとつ、奈良尾港からほど近い海沿いに、50余年の歴史をもつ「大﨑たたみ店はあります。今回ご紹介するのは、畳一級技能士の資格を持つ、大﨑たたみ店の二代目である大﨑一さんです。 父親から受け継いだたたみ店 「上五島へ戻ったのは25歳の時です。30歳の時に父親が亡くなり、この大﨑たたみ店を継ぐこととなりました。」 お店へお邪魔し、真っ先に目に入ってきたのは、様々な柄の畳の「へり」。こんなに種類があるの?と目移りしてしまうほどです。しかしこの豊富なラインナップがあるのは、大﨑さんのある想いがあったからこそのこと。 「店を継いだ時、畳のへりの種類が、たったの4種類しかなかったんです。単純にこれでは選ぶ楽しみがなくてつまらないな、と思いました。畳選びはお客様の好きなように、自由にしていただくことを大事にしています。」 畳のイメージとは少し離れたカラーリングのものや、今や五島の代名詞といってもいい椿の花をあしらったもの、洋風柄のもの……。い草とへりを組み合わせ、更には畳の敷き方までもかけ合わせると、畳といっても本当に無限大の選択肢がありました。 二代目となった大﨑さんは、全国の畳店からへりを仕入れるなど、選ぶ楽しみとともに畳をより身近なものにしたいという想いでこれまでお店を営んできたといいます。   若い世代とのふれあい 「自分の家を建てることになったという若い人が畳の相談に来てくれますが、最近ではあらかじめ畳のイメージや、自分なりのこだわりを持っている人が増えましたね。情報発信はもちろん、地域イベントでの物品の販売、お客様との交流を自分のスタイルとして大事にしてきたので、その効果もあったのかなと感じています。」新築の家の和室に、ぜひ大﨑さんの畳を!という若者もたびたびいらっしゃるようで、相談しながら「こんなのやってみようか」と楽しみながら和室をデザインしていくそう。「4年前からは、地元の中五島高校の生徒さんから、畳のへりのデザインをしてもらっています。そのお礼の卒業プレゼントとして、卒業生にペンケースと名刺入れをプレゼントしています。」実際に高校生がデザインしたというへりを見せていただくと、GOTOという文字と、五弁の椿の花、五島列島の形が表現された素晴らしいものでした。「畳をもっと身近に」という大﨑さんの想いが色濃く現れている活動のひとつのように感じました。 畳の材料で作るこだわりの小物たち 大﨑たたみ店には、畳の素材を使った小物が、店内に数多くありました。 「小物作りを始めたのは約10年前になります。最初の作品は、椿の柄の名刺入れでした。試作品をモニターの方に実際に使用してもらい意見を聞き入れ、改良をしてきました。例えば名刺入れの場合は、名刺の枚数がもう少し入ればいいよね、ということだったのでそういった部分の改良です。他の小物についても、日々改良を重ねていますし、新しい柄のものなどを流行りに合わせて作っています。」 名刺入れを始め、小銭入れ、ペンケース、キーケース、財布……。生活に欠かせない小物が畳と結びつくことで、改めて日本人であるということ、そして畳という先人の知恵、素晴らしい文化があることを再認識させられます。日本好きな外国人の方のお土産品としても、良い記念になること間違いなしです。 「財布なんかは、店内にある材料で好みのものを指定してもらって、中の造りの要望も聞くので、フルオーダーメイドで作ることができますよ。」財布といえば皮素材のものもポピュラーですが、フルオーダーメイドでまさに世界に一つしかない、畳の材料でできたものも素敵ですね。 なんとなく、決まったルールやしきたりがあるように感じていた畳の世界。大﨑さんのお話をお聞きして感じたことは、「畳は自由である」ということ。私たちがこれまで生活の中で接してきた畳というのは、ほんの一部のものだったのかもしれません。みなさんも、ぜひ一度大﨑たたみ店で畳の新しい楽しさというものを感じてみてください。 【取材・執筆・掲載】fully編集部 fullyGOTO2020秋号掲載

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第16回 五島で輝いている人

桶光 宮崎 光一さん 日本でもめずらしくなっている桶職人を生業としているのは、宮﨑光一さん、26歳。 小学生の頃からお父さんと一緒に桶職人の元へ通い、小刀で木を削るのが楽しく、コマや竹トンボをつくったりして“モノづくり”の楽しさを感じていたと言います。 実際に夏休みの工作で桶をつくったり、成長する過程でも桶職人の元へ通ってはいたものの、「まさか、自分が桶職人になるとは思っていなかった」という光一さん。 そんな彼を「桶職人の道」へ導いたのは、何だったのでしょうか? 桶職人になることを決意したきっかけ 単純に言うと、2016年1月に小豆島(しょうどしま)で行われた「木桶職人復活プロジェクト」がきっかけでした。 ただ、最初、そこに参加したのは「(大きな桶づくりを)どんな風につくっているんだろう?ちょっと見てみよう!」というとても軽い気持ちでした。 ですが、実際に見てみると自分たちがつくっているものをつくるのと、理屈は同じだがスケールが全く違いました。そして、何よりも桶に携わる人が多いことにとても驚きでした!その中でも自分と年齢が近い30代前半の現役の桶職人がいたのは、かなり衝撃でした。なぜなら、自分の中で「桶屋」を職業としてみていなかったからです。実際につくって、売って、それで生計を立てている… もちろん、自分の師匠もそうやってきていましたが、それは一昔前の話。現在、この時代に若くて現役バリバリでされている人に初めて出会い、正直「カルチャーショック」でした。 それと、桶を使っている人たち、例えば他の蔵(くら)の方たち、そしてその蔵でつくっている味噌や醤油を使っている料理人さんなど、細かい関わりをしている人たちがとても多く、全国的に桶を必要としている人がこんなにたくさんいる。なくて困っている人もいる… そういう状況を目の当たりにして、「自分が桶屋にならないといかん。独立しよう。」という思いが芽生えました。それと、その1ヶ月前に師匠から「一人でやる準備をしておけ」と言われていた言葉もリンクし、すべてが「タイミング」と感じ、独立を決意し、その後2016年4月には「桶光」を開業しました。 大切にしていること 「桶」というモノは、一度買ってそれをそのまま一生使うというモノではなく、メンテナンスをしながら長く使ってもらうモノなので「修繕しやすいように」、そして「50年後も100年後も使えること」を見据えてつくっています。 これまでも、何十年も使っているものの修理を頼まれることがありましたが、きちんとつくられたモノはタガを取り替えて、木の表面を削るだけでピカピカになり、新品同様に仕上がります。 もちろん「使えなくなったら捨てる」という文化が悪いとは思っていませんが、自分は一つのモノをそうやって長年大事に使うことが好きですね。 そして、もう一つ大切にしているのが桶についての「正しい知識」を伝えていくということ。例えば、カビてすぐに使えなくなるのではないか?などの間違った情報だけで、この桶が消えていくのはもったいないと思うので、実際に桶とは「どういうモノか?」「どのようにしてつくられ、どんな風に使えばいいのか?」などをお伝えするワークショップを行っています。今は県外の催事で販売する際に行っていますが、これからは、五島の中でも行っていく予定です。 独立して大変だったこと 独立するまでは、自分がおもしろくて趣味的な感覚でつくっていましたが、仕事として人にお金を出して買ってもらうとなったときに、自分のつくりたいモノではなく、相手の求めるモノをつくる必要があるということに戸惑いがうまれました。例えば、現代使用する上で使い勝手の良いモノにするためには、自分の中の「桶とはこういうモノ」という考えを捨てる必要があり、趣味の領域から仕事の領域につくり方や考え方を変えることが、最初の一年とても大変でした。そして、この大変な時期を乗り越えられたのは、大阪のきしな屋さんの多大なご協力があったおかげでした。今もお客様のご意見を取り入れながら、もっと良いモノを… という意識で常に改善改良をしています。 五島の伝統芸能とともに… 最近は五島の伝統芸能であるチャンココで使われている桶太鼓の修理を頼まれることもあります。それと修理だけではなく、新しくつくりたいと依頼があり、とても嬉しく感じました。五島の人口はどんどん減っていて、伝統を引き継いでいくことは、決して容易ではないことを考えると、自ずと「良いモノをつくらないかん!」と気持ちも引き締まりました。幸い自分はまだまだ20代、生涯現役と思っているので今後50年以上は面倒見ていける… それが、自分の役割のように感じています。 今後の方向性 全国に「桶」を拡めていくというビジョンの元、ワークショップなどの活動範囲を広げていくことと、更にSNSなども活用していくことを考えています。 また、これまでは「桶に興味のある人」を対象に詳しい説明を加えて深い話をしていましたが、これからは桶にまだ興味のない人にも桶の魅力を伝え、少しでも興味を持ってもらい、桶を使用する人たちを全国的に増やしていきます。 fullyGOTO2018秋号掲載 【取材・執筆・掲載】fully編集部

五島ではたらく若者応援 fullyGOTO2018秋号 表紙の顔

fullyGOTO 2018年 秋号 表紙の顔 藤原 理穂さん 今号の表紙に登場していただいたのは、新上五島町の居酒屋「海鮮処 酔道蔵(すいどうこ)」で働いている藤原理穂さん(26)。島を離れたことがない生粋の上五島人です。表紙ではしっとりと落ち着いた雰囲気ですが、よく動いて何でもテキパキとこなす仕事ぶりは店主の信頼も厚く、今やお店に欠かせない存在となっています。 高校を卒業後、島を離れる子どもがほとんどです 私は、ずっと島で暮らしています。島を出ようと思ったことも、出たいなと思うこともありますが結局、残っています。今は、平和に暮らしていくことができれば、それでいいと感じています。小学生のころはお花屋さん、中学・高校生のときは料理関係の仕事に就くのが夢でした。 酔道蔵での仕事のやりがいは? スタッフが私しかいない日は、忙しくなってしまうと少しキツいな、と感じることもあります。ですが、そんな日は仕事をやり終えたときに達成感もあって、やりがいを感じます。 それと、私以外に若いスタッフがあと2人いますが、みな仲が良く、ワイワイと職場の雰囲気も明るくて楽しいです。 若者目線で、島にあったらいいと思うものは? 24時間営業している食べ物屋があったらいいな、と感じています。島では、どのお店も早く閉まってしまうので。ファミレスがあってもいいですね。 応援企業 海鮮処 酔道蔵 様 「酔道蔵」が店を構えるのは、飲食店が数多く集まっている新上五島町の中心市街地・浦桑地区。店主の江口真良(えぐちまさよし)さん(45)は大阪で10年以上、和食の修業を積んだ経歴を持つ本格派です。 お店は3年間、現在の形態でオープン。地元でとれた海・山の食材と、焼酎を中心とするこだわりの地酒で人気を集め、常連客も多いようです。 人気メニューは、やはり「刺身の盛り合わせ」(1500円)や「すり身揚げ」(600円)といった島らしい魚料理。刺身の盛り合わせはカツオやアジ、イカなど、脂ののった旬の魚をふんだんに使い、来店者を満足させています。  もともと理穂さんの妹さんが酔道蔵で働いていましたが退職したため、店主が顔見知りだった理穂さんに働かないか、と声を掛けました。 「お客さんが少なそうな時は私と2人で店を回しますが、よく働きどんな仕事もスペシャリスト」と江口さんもその仕事ぶりには太鼓判。今や、なくてはならない存在のようです。 理穂さんは、非常に評判がいいそうですね とても人あたりが良く、お客さんの気分もよくしてくれるので、客商売に向いていると思います。接客から洗い物など中の仕事まで何でもこなしてくれ、とても助かっています。 fullyGOTO2018秋号掲載 【取材・執筆・掲載】fully編集部

第17回 五島で輝いている人

ユトリパンコヤ*ブランブラン 伊藤 砂織さん 土曜日の朝十時、三井楽のとある交差点に行列が。 それぞれが談笑しながらお店の中を覗くその先には、もっちりと膨らんだベーグルが並んでいます。 今回ご紹介する輝いている人は、三井楽にできたベーグル店「ユトリパンコヤ*ブランブラン」の店長伊藤砂織さんです。 白神山地の酵母との出会い OL時代に通い始めたパン教室で出会った白神こだま酵母。秋田県と青森県の県境にまたがる白神山地の腐葉土から生まれた、製パンに適した優秀な天然酵母です。 「この酵母は誕生した過程がすごく神秘的で。特徴の面でも、砂糖や油脂が少なくても、甘みが出てふっくら膨らむ所がとても魅力でした。最初は一般的なパンで事業計画も作ったんです。でも、卵・乳製品・バターなどの油脂を使わないベーグルのみを扱おうと決めました。」 千葉で開業した8年半前 千葉で暮らしていた伊藤さんは、2009年にベーグル店を千葉で開業。忙しい日々を送っていました。 「子供を見る時間がなかなか取れなかったり、もどかしさもあって。もう少し、ゆとりのある生活をしたいなと思っていました。その中で、引っ越すなら五島一択で考えていたので、子供がまだ3歳のこのタイミングがいいのかなと。」 巡り合ったのは旧床屋さん 「店舗探しの条件は、店舗と自宅が同じ建屋であることでした。ゆっくり子育てとパン屋ができたらいいなと思っている中で、この場所を紹介していただいて。海も公園も歩いてすぐに行けて、スーパーも近くにある環境の良さから決めました。 前に床屋さんだったので、名残も結構残っていて、それがそのまま使えていたりします。」 お店を入って右側には、待合スペースだった名残が。小さい子供が絵本を読んで待っていたり、買い物の後ちょっと座っておしゃべりをしたり、お店の形が変われど、人の集う場所は変わらず残されています。「本当は、もう少しお客様とゆっくりお話したいのですが、ありがたいことにオープンからたくさんの方に足を運んでいただくので、お待たせしないようにとレジ打ちで精一杯になってしまって……。 これから、もう少し落ち着いてきたらいろんな方ともっとお話をしながら、お店も変化していければと思っています。」 ベーグルができるまで ショーケースいっぱいに並ぶベーグルは種類も豊富です。しかも、どれも魅力的な内容で悩んだ挙句「全部!」と言ってしまいそうなほど。この多種多量のベーグルを、現在は伊藤さんお一人で材料の調達や仕込み、製造をしています。 「数種類のパン生地を前日に仕込みをして、店頭では約15種類のベーグルを販売しています。千葉のお店はスタッフ入れて4人でやっていたので、一人作業がまだ効率よくできていなくて……朝から晩までかかってしまったりもしています。 次の日は早朝から焼く作業があって、包装して開店。 主人にもたまにレジを手伝ってもらって助かっています。」 これから楽しみがたくさん 「食材も、地元のものをもっと使っていきたいので、いろいろな生産者の方ともお会いしていきたいです。五島産の青のりも探し中です。鯖の燻製を使ったり、和ベーグルの種類も増やしていきたい。これから余裕が出てきたら、パン教室もやっていきたいなと思っているので、そういった中でもいろんな方とお話できたらいいなと思っています。」 今回の取材で見た、ベーグルを作る真剣な眼差しと、これからの事を語る楽しそうな表情。この伊藤さんの魅力は、ベーグルを食べると、さらに納得。幸せな気分になる味でした。 fullyGOTO2018冬号掲載 【取材・執筆・掲載】fully編集部

五島ではたらく若者応援 fullyGOTO2018冬号 表紙の顔

fullyGOTO 2018年 冬号 表紙の顔 末留 進人 今回、表紙を飾ってくれたのは、五島市では葬儀社、福岡では飲食店のオーナーと2箇所を拠点に活躍されている末留進人さん(27歳)。表紙では、真顔でキメていただきましたが、普段は笑顔も爽やかな好青年。これからの五島を引っ張っていってくれる存在の一人ではないでしょうか。今後の末留さんの活動に目が離せません。 これからどういう活動をしていきたいですか? 会社で出来ることを増やしていきたいと思っています。今は福岡のお店をもっと大きくしたいと思っています。月に1度、2・3日福岡には行っており、お店の手伝いなどもしています。 五島にあったらいいなと思う物はありますか? 元々福岡でお店を始めた理由に、いずれ五島にそのお店を持ってきたいというのがありました。五島にはない洋服屋さん、ファーストフードなど福岡にあるけど、五島にないサービスを持ってきたいなという想いもあります。娯楽にしろ、サービスにしろ、若い子たちの選択肢を増やしたいと思っています。 応援企業 末留葬儀社 様 株式会社末留葬儀社様は進人さんの父、末留厚志さんが平成22年10月に創業されました。進人さんは、大学卒業後6年前に家業を継ぐため五島へ帰って来られました。平成26年より事業所の移転に伴い、株式会社となり、進人さんを代表として現在の形態にて事業を行うようになりました。 「葬式は結婚式などと違って、突然のことなので、お客様の予算や様々なご要望に応じるよう心掛けています。」 五島市幸町3番地19  TEL:0959・88・9551 ひなかの  様 ひなかの様の始まりは、進人さんが福岡での大学在学中に、近所に住んでいた友人と意見が合致したことからです。今店長をしてくれている友人は、料理の修業をずっとしていました。私も五島に帰って来た時に葬儀屋をすると決めていて、葬儀屋でも仕出し等が必要ですし、私自身葬儀屋以外でも福岡でも仕事がしたいなと思っていました。そして平成29年10月、福岡薬院にひなかのをオープンしました。 和食、日本酒がメインで、食材は五島からも仕入れを行っています。人気メニューは【八寸800円・猪メンチカツ650円・鴨治部煮1200円・(五島)島楽650円・(福岡)杜の蔵 斗瓶絞り800円】などがあります。 福岡市中央区薬院3丁目11番30号  TEL:092・521・6900 fullyGOTO2018冬号掲載 【取材・執筆・掲載】fully編集部

第18回 五島で輝いている人

Wood craft tableware 川口 伝恵さん 新上五島町丸尾地区には、木材がぬくもりある逸品に生まれ変わる場所がありました。 浦桑から津和崎方面に車を5分ほど走らせたところにある民家の脇にたたずむのが、川口伝恵さんの営む木工食器・雑貨のお店「木・haru」です。 初めてのものづくり 川口さんは福岡出身。福岡での会社員時代に知り合った新上五島町出身のご主人と結婚し、この地にやってきました。 「それまでは何かを作るようなことはしていなかったけれど、たまたま参加した糸紡ぎの会にはまってしまって。 古い布団の棉を原料に糸を紡いで、それをこの土地の草木で染めて糸づくりをしてました。」 ここで始めた糸作りが、「木・haru」誕生のきっかけとなります。 「ある時、椿を使った木工細工をする人を募集しているのを知ったんです。そこに参加して今度は木工を勉強しました。作った糸を織ったり編んだりして小物を作っていたので、それに合うボタンが欲しくて。なので最初作っていたのは椿の木のボタンなんです。」 椿の幹の断面が見えるボタンは、一つ一つ形・大きさが違い、選ぶだけでも楽しくなります。椿の木のボタンをあしらったヘアゴムは、髪留め以外にもスカーフやストール留めにも。 自然素材なので、綿や麻などナチュラルな素材の布地によく合います。 ぬくもり感じるカトラリー その後カトラリー作りもはじめた川口さん。 椿を中心に五島にある木を使い、スプーンやフォーク、お箸など種類も豊富です。 「一番好きなのはスプーン作りです。実は形も2種類にしているんです。柄の部分が真っ直ぐなものと、丸みを帯びているものと。 お客様とお話ししながら、合うものをおすすめしたり、実際に持ってもらってしっくりくるものを探していただきます。」 少しずつ、形を変えて 木材は、伐採のタイミングで新上五島町椿木工技術振興会や会員に連絡がくるため、現地に出かけて調達します。それまでは廃材となっていたものが、こうして作り手さんたちの手に渡り、様々な形に生まれ変わります。 「製材から自分でやっています。なので平日はもっぱら制作作業です。椿の木は、年間1ミリほどしか成長しないので、他の地域は細いものが多いんです。でも、昔から椿が豊富だった五島は、幹が太いものが多く、作るものの幅も広がるのでとても恵まれています。 木材は伐採後、数年かけて乾燥させていくので、材料になるまでにも時間がかかります。」 少しずつ、時間をかけて製品となる過程も、年輪をゆっくりと刻む木の成長と重なって、愛着を感じます。 木製ならではの良さ 「仕上げも2種類で、椿油仕上げのものと、塗装をしたものとあります。椿の木は、磨くだけでもつるっとした仕上がりになるので、持った感触がとても気持ちがいいんです。椿油仕上げのものは、オイルを塗り込んだりとお手入れをして頂くことで、より長く使っていただけます。ただ、食器ということで水にも触れますし、気軽に使っていただけるのは塗装仕上げです。 そして木製のカトラリーの良さは、修繕しながら長く使っていただけることです。かけてしまったり、塗装が剥がれたものは、お持ちいただき修繕もしています。」 木・haruのこれから 「ゲストハウスのキーホルダーのご注文をいただいたのですが、そこから色んなご縁にもつながりました。一人で作っているので、今はたくさんの注文をお受けできないのですが、こうしていろんな物作りができるのは楽しいです。 オンラインショップ販売や、製作体験なんかもしていきたいと思っています。 今、プレゼント用の化粧箱も作る予定なので、商品もいろんなシーンでお求めいただけたら嬉しいです。」 海の恵・山の恵 新上五島町に越してきて14年。五島で好きな場所を尋ねると、意外な趣味がまたひとつ見つかりました。 「海にいくのがとても好きで、ここにきてからサーフィンを始めたんです。休みの日など、夫と乗りに行ったりしています。高井旅の海がお気に入りです。」 自然豊かな島ならではの生業と、趣味。川口さんから伝わる穏やかで、暖かな雰囲気も、そんな暮らし方にぴったりと合っていて、お店に並ぶ商品にも現れています。島の恵を様々な逸品に変えて伝える。伝恵さんのお名前の通りで、再び納得してしまいました。 文:藤田 佳子  フォト:橋本 賢太 fullyGOTO2019春号掲載 【取材・執筆・掲載】fully編集部

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