五島列島を満喫するフリーマガジン「fullyGOTO」と地元在住のライターチーム「fumoto」が取材した記事を発信する、五島の情報サイト

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第21回 五島で輝いている人

本処てるてる店主 橋本 美幸さん 夕暮れ時、福江商店街から市役所の方へ下る道の途中、ぽつんと灯のともる場所があります。それは福江島唯一の古本屋「本処てるてる」さん。 1年前にオープンし、本好きな方はもちろん、いろいろな人々の憩いの場となっています。 このお店の店主は橋本美幸さん。福江島で生まれ育ち、進学で島外へ。 そして4年前に再びこの島で暮らし始めました。 本は幼いころからのパートナー 「幼少期から、本を与えれば静かになる、と言われるほど本を読むことが好きでした。最初は絵本から。そして次第に小説に変わっていった感じです。」 学生時代はお小遣いも限られていたので、基本は学校の図書館などの貸出がメイン。でも新刊や、目ぼしい書籍は本屋さんを巡って探しに行っていたそう。 「子供のころは、歩いて行ける距離に本屋さんが数件あって、全部ぐるっと回って本を探したりしていました。でも、大学から島外に出ている間に、福江に本屋さんがなくなってしまっていた……。 それがどうしても寂しくて。なので、こちらに戻ってきてからは、いつか本屋さんをしようと思っていました。」 きっかけの言葉は長崎の小さな本屋さん 「長崎で良く通っていた本屋さんがあって。ひとやすみ書店という、中島川沿いの眼鏡橋と諏訪神社の間位のところにある本屋さんです。ここで店主の方に『そんなに本が好きなら本屋をすればいい』と言われたんです。本屋を開こうという気持ちがふと湧いた瞬間でした。」 「本処てるてる」の由来 とはいえ、最初から本屋さんをするのは大変なので、別の仕事をしながら本にかかわる時間を持つために移動本屋さんを始めた橋本さん。本山のカフェ・ソトノマや、富江の図書館&コーヒースタンド・さんごさんなど島内各所で、定期的に移動本屋さんを行っていました。 「本の数もまだそんなに無く、物件も借りていなかったので、移動式で始めました。そのころから本処てるてるとして活動しています。名前には、『本がみなさまの日々を照らしてくれますように』という想いが込められています。あと、小さい子供にも読みやすいように平仮名にしました。」 ちなみに、「本処」を付けた理由を尋ねると、「書房とか書店と名乗るにはちょっと恐れ多くて……。」と、なんとも謙虚な理由が返ってきました。「食事処、休憩処、みたいな感じで、本がある場所としてはこれがしっくりくるなぁと思っています。」確かに、小上がりの畳の間がある店内は、本とともにくつろぐ、そんな空間になっていて、「本処」のネーミングはいかにも納得。橋本さんの落ち着いた優しい雰囲気もあいまって、ちょっと寄っていこうかな、ほっと一息つこうかなと足が赴く場所です。 店内の本・自宅の本 店内の本は、表紙が見える並べ方も多く、テーマでも別れていて見やすい配置になっています。「季節や出来事で、定期的に並び替えたりしています。旅行客の方が立寄って下さることもあるので、五島関係の本のコーナーもあったり、五島は自然が豊かなので、アウトドア、サバイバル系のコーナーもあったり。郷土史は、自分自身も好きなので増やしたいジャンルです。最初は自前の本ばかりだったのですが、今では買い取り分と半々くらいになっています。場所が狭いので、コミックや厚手の図鑑、破損や汚れが多いもの、専門書はお断りしているのですが、その他は買い取りしています。自宅は、売る本が増えてまさに本の山状態で大変です……」店舗の本棚はまだまだ増やしたいそうで、出会える本のジャンルや数はこれから増えていきそうです。 子供の頃から通う場所に 「これからどうしていきたいか考えると、長く続けたい、という気持ちははっきりとあるんです。なので、3世代通ったよ!という人が現れるまではやっていきたいなと思っています。」絵本も充実しているので、昼間から開いている日曜日は、小さな子供が親御さんとともに来ることもあるそう。また、本好きな中高生の常連さんもいて、友達と好きな作家談義をしている姿もうれしい光景。 子供たちが成長とともにたくさんの本に出会える大切な場所なのだと感じました。 子供の頃から通う場所に 最後に、本処てるてるにある橋本さんの大好きな3冊を紹介いただきました。 ①スキップ 十代の主人公が、四十代にいきなりスキップしてしまうというストーリー。十数年を失ってしまった主人公が、それをどう受け止めていくのか……橋本さんは、自身の節目ごとに読み返しているそう。 ②こんとあき 絵が大好きだというこの絵本。お子様へのプレゼントにもぴったりです。 ③女子の古本屋 全国の、女性が経営している古本屋さんの特集。 いろんなストーリーが面白いです。

五島ではたらく若者応援 fullyGOTO2019冬号 表紙の顔

fullyGOTO 2019年 冬号 表紙の顔 田口 夕侑乃さん 今回冬号の表紙を飾ってくれたのは、田口 夕侑乃さん 24歳。海なし県である岐阜県のご出身で、大学から関西へ。そこで1年間企業勤めをした後、縁あって今年4月から新上五島の奈良尾郷へやって来ました。 今年7月にオープンした「Goto Adventure Inn」で、SUPやスノーケリングなどアクティビティのインストラクターと、「カフェ「ならおのまとの」」のスタッフとして日々奮闘中。ハキハキとした印象で、笑顔がとっても素敵な田口さん。一体どうしてここ奈良尾で働くことになったのか、またどういう暮らしぶりをしているのかお聞きしました。 人生の転機となった出会い 「関西の大学を卒業後、就職先も関西に決まったためそこで1年間企業勤めをしました。 保険会社での営業の仕事と学生時代大手コーヒーチェーン店で働いた経験が、今の接客にも役立っているのかなと思います」と語る田口さん。後輩が「パーソナルネイチャーガイド自遊庵」代表の水村昌司さんと知り合いだったことから繋がり、それが運命的な出会いとなります。水村さんが上五島でネイチャーガイド「Goto Adventure Inn」を立ち上げる計画をしていること、それに向け従業員を探していることを知ります。学生時代は体育会ボート部に所属し、船舶免許も取得。マリンスポーツに親しみを持っていた田口さん。また大学のゼミで、地域に関わる活動をしていたこともあり、水村さんの話を聞くうち、どんどん引き込まれて行ったと言います。「自分の本当にやりたかったこととリンクして、ここで働きたい!と強く思いました」その後、1年間勤めた企業を退職。 4月には奈良尾にやって来ました。 ルーティンワーク 「奈良尾に来て、7月にアクティビティ部門がオープンするまでは、毎日海に入りガイドとしての特訓をしていました。」そしてシーズン中はアクティビティのインストラクターとして従事、今は朝からカフェの準備と営業、宿の準備やお客様の受け入れと忙しく動き回っています。住まいは車で五分の場所にある一軒屋をスタッフみんなでシェア。毎日賑やかに楽しく暮らしているそうです。 どこか懐かしい雰囲気の奈良尾が好き 育った場所は岐阜県の内陸部、海は近くになかったけれど、自然が多いところでした。「自然とは小さい頃から慣れ親しんでいたので、ここでの暮らしに違和感や不安はないですね」と話す田口さん。休みの日はほとんど島で過ごしていて、車で図書館に行ったり、有川の方までカフェに出掛けたりと、上五島暮らしを楽しんでいるようです。そして「趣味はコーヒー」と言うほどのコーヒー好き。「ならおのまとの」で出しているコーヒーも田口さんが淹れていて、暇さえあれば焙煎や淹れ方などの研究をしているそう。 自分の人生は自分の責任で 「一度きりの人生。そして今はいつ何が起こるかわからない時代。出会いとチャンスを逃さず、思いのままに生きたいと、奈良尾行きも決めました」12月からの4ヶ月間は関西に戻る「2拠点ワーク」。「関西でも自然に関わる仕事をしようと思っています。生活環境が違うと目線も変わり、来シーズンまた上五島での仕事に活かせると考えています」そう語るしっかり者の田口さん。自分の人生に責任を持ち、思い切り楽しんでいる姿が眩しく見えました。 応援企業 Goto Adventure Inn 様 上五島の奈良尾に、今年7月にオープンした、ネイチャーガイド「Goto Adventure Inn」では、「SUP」「スノーケリング」「カヤック」「トレッキング」の4つを軸に、上五島の自然を体験できるアクティビティを提供しています。運営するのは、スキー教師や登山ガイド、潜水士などの資格を持ち、関東で大人のキャンプや子どもの野外教育プログラムなど数々の事業を 企画運営してきた「パーソナルネイチャーガイド自遊庵」代表の水村昌司さん。いわば自然遊びのプロフェッショナル。 奥様のお母様が上五島の出身で、酒屋と釣具屋をやっていた実家が空き家になっていることを知り、その空き家を活用し、自然の宝庫である上五島で何か自分にできることは無いかと、2年前から考え始めました。そんな中、参加した五島関連のイベントで色んな方面の方との出会いがあり、地元の方とも繋げていただくことで次第にそれは現実となっていきました。   「自然と人」だけでなく、「人と人」もつなげていけるような存在に 今年7月、アクティビティ部門をオープン。 ウェブサイトを見つけて来てくださる島外のお客様も多かったそう。10月には宿として、またカフェ部門の「ならおのまとの」も続いてオープン。畳や建具のデザインから小物に至るまで、地元業者の方やスタッフみんなの斬新なアイデアが、随所に光る素敵な空間です。 今は飲食店も宿泊施設も少なくなってしまった奈良尾ですが、昔は人口密度が日本で一番高かった時代もあったそうで、「せっかくフェリーや高速船が行き交う港町ですし、少しでも足を止めてもらえるよう、奈良尾を活気づかせようと頑張っている地元の方たちとも協力していきたいです。またカフェで提供するものは極力上五島で生産されたものを使用し、お客様に興味を持っていただくことで生産者のストーリーを伝えられたらいいなと思っています」 田口さんの働きぶりをお聞きすると「4月5月は片付け作業も多い毎日でしたが一生懸命頑張ってくれました。真面目で自分で考えて行動してくれるので頼もしいです。 デザインのセンスもあるので、カフェの内装などのアイデアも出してくれますし、カフェの看板も彼女が作ったんです」と見せてくれた看板は、手書きで温かみのあるほっとするデザイン。水村さんの人間性が、田口さんを引き寄せたのだと実感しました。 【所在地】新上五島町奈良尾郷381―1              【連絡先】0959―44―1722  【運営】パーソナルネイチャーガイド自遊庵           【代表】水村昌司

五島でがんばる団体応援 福江商工会議所青年部

通称:YEG  Young Entrepreneurs Group 「福江商工会議所青年部」ってどんな団体? 福江YEGは、昭和58年に福江商工会議所会員の若手有志によって発足し、これまで相互研鑽の為の勉強会、地元での地域イベントの企画開催や、ボランティア活動への参加等を通じて地元の経済発展の為に力を合わせ活動してきました。令和2年2月現在、総勢60名(23歳~45歳)の様々な業種のメンバーが集い、地元の抱える様々な問題にも正面から向き合いながら、自分たちの愛する地域をより良くしていけるよう頑張っています。 商工会議所青年部(通称YEG・若き起業家集団(Young Entrepreneurs Group)は、次代の地域経済を担う若手経営者・後継者の相互研鑽の場として、また、青年経済人として資質の向上と会員相互の交流を通じて、企業の発展と豊かな地域経済社会を築くことを目的として活動しています。 現在、商工会議所青年部は、全国463商工会議所のうち418か所に設置され、その会員数は34,000人を超え(令和元年5月現在)大きく成長してきました。 主な活動内容は? ゴミゼロ大作戦 20年以上続く福江YEGの伝統事業です。福江川の中へ入り、漂流ゴミや投棄されたゴミを回収する清掃活動としてスタートし、地元の各種団体や行政、小学生にも活動に参加してもらい、環境学習と、河川の水質改善への取り組みを一緒に行っています。 レトロ冒険隊 福江の歴史文化に関するクイズを解きながら街を歩き、日頃気付かない郷土の素晴らしさを発見してもらい、郷土を愛する心を育む目的で開催しています。 毎回企画が変わりますが、今年度は小学生を対象に、散策に加え伝統工芸品であるバラモン凧の絵付け体験、五島うどんの製造過程の学習もしてもらい、好評を得ました。 お仕事体験隊 福江YEGメンバーの様々な職業スキルを活かし、警察署や消防署等、公共機関の協力も得ながら、地元の子どもたちに様々な職業を体験してもらい、当日稼いだ仮想通貨で食事などを買ってもらうというイベントです。五島の未来を担う子供たちに様々な仕事や地元の企業を紹介することにより、地元への愛着と誇りを持ってもらい、将来地元へ戻って働きたいと思ってもらえるように取り組んでいます。 メンバー募集してます 福江YEGでは、一緒に活動していただけるメンバーを募集しています。 入会条件:福江商工会議所会員事業所の経営者または経営者が認める方のうち20歳以上45歳 以下の方。詳細は、事務局までお問い合わせ下さい(福江商工会議所 担当:平野) 連絡先:〒853-0005 五島市末広町8-4 TEL:0959-72-3108 FAX:0959-74-1588 WEB:http://www.fukue-yeg.com  

第22回 五島で輝いている人

吉村酒店 Bar style店主 吉村 大亮さん 五島が大好きな店主が経営する和気あいあいと楽しめる空間。新上五島町中心街のひとつ、青方地区に、若者が集う夜の遊び場「Bar style」があります。 上五島で、働きたい 新上五島町青方地区出身の吉村さん。子どもの頃からご家族が経営されている酒屋さんの手伝いをしながら、なんとなく「自分でもお店をやってみたい」という気持ちがいつもあったそうです。 「高校卒業の時期に、両親から『一度は外(島外)に出なさい』と言われました。五島が好きだったこともあり地元での就職の意思がありましたが、それに従い福岡の専門学校に通いました。そこでは経理の勉強等をしながら、履歴書の欄に書ききれないくらいのビジネス関係の資格をたくさんとりましたね。先生からはそのまま福岡に残って就職も勧められましたが、就職は地元である上五島でしたい、という気持ちが強くあり、19歳のときに上五島に戻り、就職しました。」 上五島に「遊び場」を 専門学校を卒業し、上五島へ戻ってきた吉村さん。当初は郵便局などで仕事をしていましたが、ある転機と自らの想いが重なり、自分のお店をオープンすることとなりました。 「もともとお酒を飲むのが好きで、飲み歩くことがすごく好きなほうなんです。実は自分がお客さんとして、styleに通っていて。今は青方で自分が経営していますけど、元々は別の場所にこのstyleはあったんですよ。ある日オーナーさんから『お店やらない?』と声をかけていただいて、昔からそんな風に考えていたこともあって、やりますと返事をしました。開店に向けて準備をしていたんですけど、親にはお店をやることは黙っていました。でもある時、親の耳にも入ってしまって、『反対されると思って言わなかったのか』と。その通りだったんですけど、自分の意思は固く許しをもらって、晴れて自分の地元・青方という場所にオープンすることになりました。今のお店の場所は、昔は自分の父親世代の方たちがたくさん集まるお店でもありました。そのこともあって、この青方で若者が集まることができる場所をまた作りたいという想いも強かったですね。何よりもこの辺りは居酒屋はありますけど、2軒目として遊びに行けるお店が昔と比べると少ないんですよね。それなら自分で作ろう、と。遊び場を提供したい!という気持ちが強くありましたね。」 2月で丸3年! 2020年2月で、オープンから3年を迎える「Bar style」。ご自分のこだわりと、様々なお客さんとの関わりやエピソードをお聞きしました。 「上五島だと特に、2軒目のお店がスナックで~なんてなることが多いんですけど、そういう場所って人によっては意外と気を使うし、好きに飲めないなんてこともあると思うんですよね。ここでは自分の好きなように、そして時間も気にせずにお客さんに飲んで欲しい。そんなこだわりもあって、店内には時計を置いていません。閉店時間を1時にはしていますけど、お客さんがいる限りは、開けちゃうかもしれませんね。とにかく、気を使わず、安く、楽しく飲んでほしいんです!そんな想いが叶っているからか分からないんですけど、自分の家か!っていうくらいくつろいでくれるお客さんもいますね。(笑)」 「小さい頃から野球をやっていて、今は中学生の指導に携わっています。指導を始めて8年になるんですけど、気付けば教え子がもう、お酒を飲める歳になっているんですよね。その子たちはもう島を出ていることが多いんですけど、帰省の際に顔を見せに来てくれるんですよ。自分は野球を教えていただけだったのに、こんな風に今でも関わることができてうれしいですね。野球の他にもソフトボール、バレーボール、今盛り上がっているラグビーは10年やっています。ナイターバレーでは常連さんでチームを作って出場していますし、対戦相手チームにも常連さんがいることも珍しくないですね。」 これからのstyle 「お客さんの層としては自分よりも年下の年代が多いんですけど、今後も若者の遊び場として、若い子たちにどんどん集まって欲しいですね。あとこれからは、島外から来た人と島の人が交流する場にもなって欲しいです。そのためにも自分が色々な場所へ顔を出して、繋がりを広げる努力をしないといけないと思っています。近くにホテルができたこともあるし、観光客の方にも食事の後に寄っていただいて、上五島の夜をぜひ楽しいものにしてもらいたいですね。」 とにかくお客さんに楽しんでもらうことを一番に考え、お店を経営している吉村さん。お酒の種類も豊富で、リクエストがあればできる限りで作ってくれるそうです。 カラオケはもちろん、ダーツやビリヤードもあるので、来店された際にはお酒を飲みながらご自分のスタイルで楽しんでみてはいかがでしょうか?  

五島ではたらく若者応援 fullyGOTO2020春号 表紙の顔

fullyGOTO 2020年 春号 表紙の顔 長尾 愛里さん 今回春号の表紙を飾ってくれたのは、長尾愛里(あいり)さん 28歳。 長崎で生まれ育ち、大学卒業後も地元で保育士をしていました。ダンスと出会ったのは5歳の時。それ以降ずっと彼女の側にはいつもダンスがあったと言います。ダンスを通じ現在のご主人と出会い、一昨年の10月に結婚。その後五島に移住し、現在はご主人が立ち上げたダンススクール「Raum Jack(ラウムジャック)」(zeroから名称変更)でガールズヒップホップを教えています。趣味は「ダンスと旅行」と言うほどのダンス好き。 小柄でキュートな愛里さんにお話をお聞きしました。 ダンスが背中を押してくれた 「母や祖母が日本舞踊や民踊、バレエをやっていたので、音楽や踊りというものは小さい頃から身近にありました。5歳の時、姉に付いて一緒にジャズダンスを始めたんです。」ここから愛里さんのダンス人生がスタートします。10年間ジャズダンスを習った後、高校から本格的にヒップホップやR&Bに転向。 「全てのダンスの基本と呼ばれるジャズダンスを小さい頃からやっていたので、すんなりと入っていけました。」その頃エグザイルなどヒップホップダンスを踊るアーティストの人気が出始めていましたが、『ヒップホップダンス=チャラチャラしている』というイメージから、『やること』に対してはあまり寛容でなく、自由にできる環境ではなかったと言います。「まだダンス部なんてなかったですし、同好会に入り、車の窓ガラスを鏡代わりに練習していました。高校が進学校だったため勉強も大変で、模試と発表会が同日だった時は流石に先生からダンスをやめろと言われたこともありました。」ダンスへの理解がまだまだ低く、肩身が狭かった高校時代。それでも決してやめる選択をしなかった愛里さん。学校以外でも、2ヶ所のダンススクールに通い、ひたすらダンスへの情熱を燃やしていきました。その一方で、同級生たちからは一目置かれ、学校の体育祭などではダンスの振り付けを任されたりすることも。 「実は人見知りで初対面だと緊張してしまう性格なんですが、ダンスを続けていたことで、人前に立ったり、人をまとめる役目を担う機会も多く、そういう事も自然とできるようになっていました。」 ダンスを教えるということ 「保育士をしていた頃、振り付けを考え子供達と一緒に踊っていましたがダンスを教えるのも好きでした。」そう話す愛里さん。 結婚が決まり、五島への移住するまでの半年間は、指導者側の視点でダンスを習ったといいます。「5クラスのレッスンを受けアイソレーション(基本的な動きの練習)の指導法や、実力レベルに合わせた振りの構成の仕方などを学びました。」現在、毎週日曜日にダンススクールで子供達に教えていますが、隔週土曜日には公民館講座で大人の方にも教えています。 「公民館講座は50代〜60代の方もいるんですが、世間話をしたりゆったりとした雰囲気の中、楽しく練習しています。3月の発表会に向け、皆さん毎回まじめに復習してきてくれるので嬉しいです。」「ダンススクールの子供達も、年間を通しイベントで踊ったり、年に1度は長崎で行われる大きな発表会にも出ているので、常に目標を持って練習に励んでくれています。」 基本ご主人は男の子のクラス、愛里さんは女の子のクラスを担当。女らしい動きを取り入れたガールズヒップホップを教えていますが、愛里さんの踊る姿は力強さの中に妖艶な雰囲気が漂い、ロングヘアの俊敏な動きがそれを一層引き立たせます。 指導者が憧れの存在であるからこそ、生徒達のモチベーションに繋がるのかも知れません。 今、思うこと 「私の頃とは違い、今はダンスが学校でも必須科目になりダンスへの見方や環境が変わってきています。でも、学校の授業でその楽しさに気付いても、それ以外の場所で続けられる環境がなければせっかく芽生えた感情は流されてしまい才能も伸ばせません。スポーツは苦手でもダンスは好きという子もたくさんいます。 卒業して島外に出ればいくらでもダンスができる環境は整っていますが、『今』感じた『楽しい』を見過ごさなくていい環境がもっと身近にあったら・・その手助けができたらいいなと思っています。」「今教えている子供達の殆どは高校を卒業したら島外に出てしまうと思いますが、大人になってもダンスを続けてくれたら嬉しいですね。そしていつか五島に戻ってきて、教える立場になってくれたらもっと嬉しいです。」と笑顔で話します。 親切な人たちと綺麗すぎる海が大好き 五島の魅力はなんですか?との問いに真っ先に答えてくれたのは『人柄』 「五島の方は社交的で、親切で、いつも気さくに話掛けてくれます。 ダンススクールの保護者の方々も本当に協力的で、いつも何かと助けられています。」「また音楽好きな方が多いのにも驚きました。」音楽関係のイベントにご主人と共に参加することも多く、音楽やダンスを通じコミュニティが広がっているとのこと。 「異業種間の繋がりがあり、みんなで一体となって五島を盛り上げようという意識の高さも感じますね。」昨年、ダンス界で著名な菅原小春さんが来島した際も、アシスタントとしてイベントに携わったという愛里さん。 「本当に夢のような時間でした。こんな貴重な経験ができたのも五島に移住したからですし、色んな方が連帯感を持って協力し合い、楽しんでいる姿に感動しました。」音楽は人と人とを心で繋ぎ、元気にする力があることをつくづく感じると言います。「そして何と言っても海が綺麗! 長崎は五島と近いですが、やはり五島の海は長崎と全然違いますね。特に高浜の魚藍観音像からの眺めは最高で、一番好きです。」 「まさか五島に住むことになるなんて思ってなかったんですが、亡くなった祖母が五島生まれだったことを、主人と知り合った後に知ったんです。きっと五島に縁があったんですね・・」 ご主人と共に五島のダンス好きな子供達の希望の光となった彼女。お話を聞いて、五島の宝だなぁとしみじみ感じました。      

五島でがんばる団体応援 上五島よさこい連~夢波涛(ゆめはとう)~さん

「上五島よさこい連~夢波涛~」ってどんな団体? 上五島よさこい連~夢波涛~は今年で結成5年目、よさこいを通し、この故郷の上五島を元気にしたい!という思いで活動をしています。曲も夢波涛のオリジナル曲を使い、振り付けなども自分たちで作っていて、年齢も幅広く小学生から60代までみんなで仲良く踊っています^^ 自分たちの演舞で少しでも島の活気PRに繋がればと願っています。YouTubeでもこれまでの夢波涛の演舞が見れます★YouTubeで『夢波涛』と検索いただければ見る事が出来ます^^ 毎年、佐世保にて【よさこい佐世保祭り】に参加をするためにも日々踊りの質を上げてみんなで一つになれるような練習をしています★ 主な活動内容は? 練習風景  週1~2回集まって練習をしています。 中には長く続けているベテランもいて初心者でも安心して挑戦できます★ 振り付けや曲や衣装などみんなでアイデアを出し合って作っています★   地域のお祭り 一年を通して地域のお祭りに参加しています★ 毎年、7月に行われる上五島でのざぁ~まによか夏上五島祭りにも毎年参加をしています。 この通称(ざまよか)では島内のチームだけでなく島外から沢山のチームが『よさこい&ダンス』を魅せてくれて毎年大盛り上がりのお祭りです^^   佐世保よさこい祭り 年に一度の佐世保よさこい祭り!!!!県内外からの沢山のチームと演舞を競い合います★ 一年を通してみんなで練習した成果をこのお祭りで出し切ります★毎年私たち夢波涛も参加していて目標は【ファイナル出場】です!! その為に全員一丸となって挑みます★   メンバー募集してます 上五島よさこい連~夢波涛~では一緒に踊ってくれるメンバーを募集しています。 よさこいを踊ってみたい小中高生の男子、女子。成人男性、女性、親子での参加ももちろんOKです^^ 踊りからではなく、先ずは旗振りやサポーターからと言う方も大歓迎です★ 興味のある方は是非一度見学に来てください★毎週土曜日に上五島石油備蓄会館にて練習しています★ [練習場所]上五島石油備蓄会館 [時間]19:30-21:30(毎週土曜) [連絡先]42-3553(舛田) 【掲載先】fullyGOTO2020秋号  

第23回 五島で輝いている人

ステンドグラス工房538 店主 濱崎 由美子さん 会堂を彩るステンドグラス、五島を表すモチーフとして使われることも。今回は、そんなステンドグラスを長年作り続けている濱崎由美子さんをご紹介します。 倉庫から工房へ 三井楽半島を海沿いに進むと、防波堤のそばに煉瓦造りの建物が。波の音が心地よいこの場所が、ステンドグラス工房538、濱崎さんの制作場所です。 「この場所の地名は、八の川。538(ごうさんはち)は、五島・三井楽・八の川から取っているんですよ。」ずっと気になっていたこの数字、今回やっと判明しました。地名の頭文字に全て数字が入っているのも、なんだか珍しいです。 「もともとこの場所は、倉庫だったんです。 目の前の海は昔よい漁場で、ブリが良く獲れることで有名で。 自分自身もここのすぐ近くに生まれたので、八の川漁港の倉庫だった頃も覚えています。」いつしか空き倉庫となったこの建物を、24年前に三井楽出身の方が購入。ステンドグラス工房へと生まれ変わります。 当初は、大阪から先生を呼び約9名程の生徒さんがいたそうです。 三井楽教会堂ステンドグラス 「私は工房が出来て2年後から生徒として通いはじめました。三井楽教会堂のステンドグラス制作のプロジェクトが始まり、先生に指導いただきながら当時の生徒たちで6年ほどかけて完成させました。教会堂の右側にはキリスト教の歴史が、左側には、日本、そして五島のキリスト教の歴史が表現されています。」絵の希望は神父様が、デザインは先生が、そして制作は生徒さんたちが行ったステンドグラスは唯一無二。特に袴姿の人が表現されたステンドグラスは、なかなか珍しいのではないかと思います。 きっかけは自宅のドア 「家のドアのガラスの部分が割れてしまって、ここにステンドグラスをはめたいと思ったのがステンドグラス工房に通うきっかけでした。今自宅には、そのドアに加えて、階段の明かりとりやランプなどの作品があります。窓なども、大きさを合わせてサッシに入れ込むことができます。太陽の光が入り込んだ時の、室内に映る色合いや光の表情が変わって綺麗です。自宅の明かりとり窓も、二重サッシの内側が空いていて、そこにステンドグラスを合わせたんです。」ステンドグラスは、大きな建築物の中で見ることが多かったのですが、よくよく考えると、家の小さなインテリアや小窓、もちろん窓ガラスなど身近な場所で使用シーンは多そうです。 濱崎さんのステンドグラス 「今まで作らせて頂いた作品は、みみらくの里さん、遊民さん、そして墓石にもオーダーいただく事もあります。数年前には半泊教会堂の祭壇上のステンドグラスも作らせていただきました。」見せていただいた半泊教会堂のステンドグラスは、色合いもとても綺麗です。「半泊出身の神父様の金祝で、記念にステンドグラスを寄付したいとの希望を受け、制作しました。50周年という事でゴールドを表す為に黄色を、そして海の青、イエスキリストの御心を表す赤など、それぞれの色に意味もあります。 デザインも、三つ葉のクローバーは三位一体を、花十字は信者さんの希望を入れ込んでいます。この教会堂の守護聖人は聖パトリック。アイルランド国の守護聖人でもあります。なので青色はどうしてもアイルランドにゆかりのあるパトリックブルーを使いたくて、特別オーダーして使用しました。」いろんな思いが詰まったステンドグラス、こだわりを伺うと、実際に見たくなります。 ステンドグラス作り体験も 「予約制で体験も行っています。カットされた素材から選んでもらって作ります。値段は作品の大きさで違ってきますが、小さいもので1000円からあります。1対1でできる場合は1時間くらいでできますよ。」選べる素材は、椿の花や写真枠など、旅の思い出などにもぴったりです。もちろん地元の方の体験も大歓迎。「例年、地元の方が多いのは夏休みで、お子さんが工作作りで来られたりもします。」工房の前の海の色も美しく、開けた窓から聞こえる波の音や様々な作品に囲まれた工房内。 制作体験中も、なんだか一つの作品の中にいるような、心地良い時間になりそうです。 ガラスを溶かす機械もあり、ベネチアングラスの素材でもアクセサリーや小物も作っているそうで、焼くと色味が変化する事もあって実験の日々。そして今取り掛かっているのは、大型のティファニーランプ。曲線もあり、型紙通りガラスを切って、やすりがけをして、繋げてと、半年以上かかるそうです。ステンドグラスは、作品に込められた想いや、その手仕事によって、光がより美しく、暖かくなるのだなと感じました。 オーダーも受け付けているので、自宅のインテリアや贈り物にステンドグラスを使用したい方は、是非ご相談ください。 【取材・執筆・掲載】fully編集部  

五島ではたらく若者応援 fullyGOTO2020夏号 表紙の顔

fullyGOTO 2020年 夏号  表紙の顔 田本 雅史さん 今回、夏号の表紙を飾ってくれたのは、田本雅史さん26歳。 出身は新上五島町、有川地区。高校時代に上五島を離れ福岡県で約10年生活。今年の2月に地元へUターンし、自分にできる仕事を試行錯誤していたところ、家族の意思を受け継ぎ、起業することを決意。現在は久しぶりの五島での時間を満喫しているとのこと。はにかむ笑顔で、新事業への夢を語ってくれました。 Uターンのきっかけ 家族が培ってきたものを大切にしたいと語る田本さん。上五島へ戻る大きなきっかけとなったのは、父親の意思を受け継ぐ決意があったからだそう。 「10年以上前になりますが、建設業を営んでいた父親が他界しました。 父が残した会社を違う形で引き継げないかと考え、大学時代に経験のあった農業を活かしたいと思いました。 父親は五島の島おこしのため、五島灘という酒造会社も経営を始め、建設会社と両方を経営していました。そこで芋焼酎の原材料であるさつまいも作りはもちろん、お土産品等も開発する、農業の会社を起業しました。」 起業とこれから Uターンしてすぐに代表取締役という、何ともパワフルな田本さんの行動ですが、そこには強い意志と、しっかりとしたこれからのビジョンがありました。 「Uターンすると決めても、今の五島はあまり仕事がなく、戻るなら自分で何かやった方がいい、という想いはありました。大学時代のプログラムで、農業の体験に取り組んだことがあり、地域の農家さんを訪ねて打ち込んだ時期がありました。大変でしたが、とにかく農業が楽しいなと思ったんです。 そこで父が創り、現在は兄が専務をしている五島灘の存在もあったので、さつまいも等の野菜を栽培する会社を立ち上げようと思いました。 現在はさつまいもの栽培を中心に行なっていますが、今後はそれを生かしたお土産品の開発もしていきたいと思っています。 五島特産のかんころもちだけでなく、もっと他のお菓子やスイーツをたくさんの人に届けていきたいと思っています。また自分が五島に帰ってきて、いろいろな飲食店がオープンしていました。 農家にしかできないカフェなんかも、ゆくゆくは経営してみたいと思っています。」 五島での生活 実に10年ぶりに五島での生活となった田本さんですが、島でのライフスタイル、プライベートを含めやってみたいことについてお聞きしました。 「帰ってきて2ヶ月ですけど、生活がとても規則正しくなりますね。(笑)基本的には午前9時にはさつまいもの畝を立てる作業に入っていますね。都会と比べてやはり時間がゆっくり流れますし、自然が綺麗で、身近な人がたくさんいて安心できます。 休みの日は甥っ子を連れて魚釣りによく行っています。 アジ、イカ、青物も狙っていますけど、ポイントがまだ全然わからないのでこれから広げていきたいですね。あと今は難しいかもしれないですが、映画の脚本家が夢でした。 もし今後余裕が出てきたらその夢にもチャレンジしてもいいのかなとも思っています。」 若い力で五島を盛り上げたい 「自分は26歳ですが、同じ仕事場に、五島に移住してきた同い年の仲間がいます。やはり五島にはない発想をたくさん持っているし、刺激を受けます。これから島の未来を創るためにはやはり若者の力は必須だと思うので、同年代とはもちろん、観光客やIターン者とたくさん交わり、一緒になって島を元気にする取り組みにチャレンジしていきたいと思っています。」 もの静かな印象ですが、しっかりと島の未来を考え、そして家族から受け継いできたものを守っていきたいという強い意志をインタビューで伝えてくださった田本さん。楽しいと感じたものには没頭し、そこから派生させるアイディアの多さはここでは書ききれないほどの楽しみが詰まっています。 始まったばかりのプロジェクトですが、きっといつか島の未来を照らすこととなると思います。

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第21回 五島で輝いている人

本処てるてる店主 橋本 美幸さん 夕暮れ時、福江商店街から市役所の方へ下る道の途中、ぽつんと灯のともる場所があります。それは福江島唯一の古本屋「本処てるてる」さん。 1年前にオープンし、本好きな方はもちろん、いろいろな人々の憩いの場となっています。 このお店の店主は橋本美幸さん。福江島で生まれ育ち、進学で島外へ。 そして4年前に再びこの島で暮らし始めました。 本は幼いころからのパートナー 「幼少期から、本を与えれば静かになる、と言われるほど本を読むことが好きでした。最初は絵本から。そして次第に小説に変わっていった感じです。」 学生時代はお小遣いも限られていたので、基本は学校の図書館などの貸出がメイン。でも新刊や、目ぼしい書籍は本屋さんを巡って探しに行っていたそう。 「子供のころは、歩いて行ける距離に本屋さんが数件あって、全部ぐるっと回って本を探したりしていました。でも、大学から島外に出ている間に、福江に本屋さんがなくなってしまっていた……。 それがどうしても寂しくて。なので、こちらに戻ってきてからは、いつか本屋さんをしようと思っていました。」 きっかけの言葉は長崎の小さな本屋さん 「長崎で良く通っていた本屋さんがあって。ひとやすみ書店という、中島川沿いの眼鏡橋と諏訪神社の間位のところにある本屋さんです。ここで店主の方に『そんなに本が好きなら本屋をすればいい』と言われたんです。本屋を開こうという気持ちがふと湧いた瞬間でした。」 「本処てるてる」の由来 とはいえ、最初から本屋さんをするのは大変なので、別の仕事をしながら本にかかわる時間を持つために移動本屋さんを始めた橋本さん。本山のカフェ・ソトノマや、富江の図書館&コーヒースタンド・さんごさんなど島内各所で、定期的に移動本屋さんを行っていました。 「本の数もまだそんなに無く、物件も借りていなかったので、移動式で始めました。そのころから本処てるてるとして活動しています。名前には、『本がみなさまの日々を照らしてくれますように』という想いが込められています。あと、小さい子供にも読みやすいように平仮名にしました。」 ちなみに、「本処」を付けた理由を尋ねると、「書房とか書店と名乗るにはちょっと恐れ多くて……。」と、なんとも謙虚な理由が返ってきました。「食事処、休憩処、みたいな感じで、本がある場所としてはこれがしっくりくるなぁと思っています。」確かに、小上がりの畳の間がある店内は、本とともにくつろぐ、そんな空間になっていて、「本処」のネーミングはいかにも納得。橋本さんの落ち着いた優しい雰囲気もあいまって、ちょっと寄っていこうかな、ほっと一息つこうかなと足が赴く場所です。 店内の本・自宅の本 店内の本は、表紙が見える並べ方も多く、テーマでも別れていて見やすい配置になっています。「季節や出来事で、定期的に並び替えたりしています。旅行客の方が立寄って下さることもあるので、五島関係の本のコーナーもあったり、五島は自然が豊かなので、アウトドア、サバイバル系のコーナーもあったり。郷土史は、自分自身も好きなので増やしたいジャンルです。最初は自前の本ばかりだったのですが、今では買い取り分と半々くらいになっています。場所が狭いので、コミックや厚手の図鑑、破損や汚れが多いもの、専門書はお断りしているのですが、その他は買い取りしています。自宅は、売る本が増えてまさに本の山状態で大変です……」店舗の本棚はまだまだ増やしたいそうで、出会える本のジャンルや数はこれから増えていきそうです。 子供の頃から通う場所に 「これからどうしていきたいか考えると、長く続けたい、という気持ちははっきりとあるんです。なので、3世代通ったよ!という人が現れるまではやっていきたいなと思っています。」絵本も充実しているので、昼間から開いている日曜日は、小さな子供が親御さんとともに来ることもあるそう。また、本好きな中高生の常連さんもいて、友達と好きな作家談義をしている姿もうれしい光景。 子供たちが成長とともにたくさんの本に出会える大切な場所なのだと感じました。 子供の頃から通う場所に 最後に、本処てるてるにある橋本さんの大好きな3冊を紹介いただきました。 ①スキップ 十代の主人公が、四十代にいきなりスキップしてしまうというストーリー。十数年を失ってしまった主人公が、それをどう受け止めていくのか……橋本さんは、自身の節目ごとに読み返しているそう。 ②こんとあき 絵が大好きだというこの絵本。お子様へのプレゼントにもぴったりです。 ③女子の古本屋 全国の、女性が経営している古本屋さんの特集。 いろんなストーリーが面白いです。

五島ではたらく若者応援 fullyGOTO2019冬号 表紙の顔

fullyGOTO 2019年 冬号 表紙の顔 田口 夕侑乃さん 今回冬号の表紙を飾ってくれたのは、田口 夕侑乃さん 24歳。海なし県である岐阜県のご出身で、大学から関西へ。そこで1年間企業勤めをした後、縁あって今年4月から新上五島の奈良尾郷へやって来ました。 今年7月にオープンした「Goto Adventure Inn」で、SUPやスノーケリングなどアクティビティのインストラクターと、「カフェ「ならおのまとの」」のスタッフとして日々奮闘中。ハキハキとした印象で、笑顔がとっても素敵な田口さん。一体どうしてここ奈良尾で働くことになったのか、またどういう暮らしぶりをしているのかお聞きしました。 人生の転機となった出会い 「関西の大学を卒業後、就職先も関西に決まったためそこで1年間企業勤めをしました。 保険会社での営業の仕事と学生時代大手コーヒーチェーン店で働いた経験が、今の接客にも役立っているのかなと思います」と語る田口さん。後輩が「パーソナルネイチャーガイド自遊庵」代表の水村昌司さんと知り合いだったことから繋がり、それが運命的な出会いとなります。水村さんが上五島でネイチャーガイド「Goto Adventure Inn」を立ち上げる計画をしていること、それに向け従業員を探していることを知ります。学生時代は体育会ボート部に所属し、船舶免許も取得。マリンスポーツに親しみを持っていた田口さん。また大学のゼミで、地域に関わる活動をしていたこともあり、水村さんの話を聞くうち、どんどん引き込まれて行ったと言います。「自分の本当にやりたかったこととリンクして、ここで働きたい!と強く思いました」その後、1年間勤めた企業を退職。 4月には奈良尾にやって来ました。 ルーティンワーク 「奈良尾に来て、7月にアクティビティ部門がオープンするまでは、毎日海に入りガイドとしての特訓をしていました。」そしてシーズン中はアクティビティのインストラクターとして従事、今は朝からカフェの準備と営業、宿の準備やお客様の受け入れと忙しく動き回っています。住まいは車で五分の場所にある一軒屋をスタッフみんなでシェア。毎日賑やかに楽しく暮らしているそうです。 どこか懐かしい雰囲気の奈良尾が好き 育った場所は岐阜県の内陸部、海は近くになかったけれど、自然が多いところでした。「自然とは小さい頃から慣れ親しんでいたので、ここでの暮らしに違和感や不安はないですね」と話す田口さん。休みの日はほとんど島で過ごしていて、車で図書館に行ったり、有川の方までカフェに出掛けたりと、上五島暮らしを楽しんでいるようです。そして「趣味はコーヒー」と言うほどのコーヒー好き。「ならおのまとの」で出しているコーヒーも田口さんが淹れていて、暇さえあれば焙煎や淹れ方などの研究をしているそう。 自分の人生は自分の責任で 「一度きりの人生。そして今はいつ何が起こるかわからない時代。出会いとチャンスを逃さず、思いのままに生きたいと、奈良尾行きも決めました」12月からの4ヶ月間は関西に戻る「2拠点ワーク」。「関西でも自然に関わる仕事をしようと思っています。生活環境が違うと目線も変わり、来シーズンまた上五島での仕事に活かせると考えています」そう語るしっかり者の田口さん。自分の人生に責任を持ち、思い切り楽しんでいる姿が眩しく見えました。 応援企業 Goto Adventure Inn 様 上五島の奈良尾に、今年7月にオープンした、ネイチャーガイド「Goto Adventure Inn」では、「SUP」「スノーケリング」「カヤック」「トレッキング」の4つを軸に、上五島の自然を体験できるアクティビティを提供しています。運営するのは、スキー教師や登山ガイド、潜水士などの資格を持ち、関東で大人のキャンプや子どもの野外教育プログラムなど数々の事業を 企画運営してきた「パーソナルネイチャーガイド自遊庵」代表の水村昌司さん。いわば自然遊びのプロフェッショナル。 奥様のお母様が上五島の出身で、酒屋と釣具屋をやっていた実家が空き家になっていることを知り、その空き家を活用し、自然の宝庫である上五島で何か自分にできることは無いかと、2年前から考え始めました。そんな中、参加した五島関連のイベントで色んな方面の方との出会いがあり、地元の方とも繋げていただくことで次第にそれは現実となっていきました。   「自然と人」だけでなく、「人と人」もつなげていけるような存在に 今年7月、アクティビティ部門をオープン。 ウェブサイトを見つけて来てくださる島外のお客様も多かったそう。10月には宿として、またカフェ部門の「ならおのまとの」も続いてオープン。畳や建具のデザインから小物に至るまで、地元業者の方やスタッフみんなの斬新なアイデアが、随所に光る素敵な空間です。 今は飲食店も宿泊施設も少なくなってしまった奈良尾ですが、昔は人口密度が日本で一番高かった時代もあったそうで、「せっかくフェリーや高速船が行き交う港町ですし、少しでも足を止めてもらえるよう、奈良尾を活気づかせようと頑張っている地元の方たちとも協力していきたいです。またカフェで提供するものは極力上五島で生産されたものを使用し、お客様に興味を持っていただくことで生産者のストーリーを伝えられたらいいなと思っています」 田口さんの働きぶりをお聞きすると「4月5月は片付け作業も多い毎日でしたが一生懸命頑張ってくれました。真面目で自分で考えて行動してくれるので頼もしいです。 デザインのセンスもあるので、カフェの内装などのアイデアも出してくれますし、カフェの看板も彼女が作ったんです」と見せてくれた看板は、手書きで温かみのあるほっとするデザイン。水村さんの人間性が、田口さんを引き寄せたのだと実感しました。 【所在地】新上五島町奈良尾郷381―1              【連絡先】0959―44―1722  【運営】パーソナルネイチャーガイド自遊庵           【代表】水村昌司

五島でがんばる団体応援 福江商工会議所青年部

通称:YEG  Young Entrepreneurs Group 「福江商工会議所青年部」ってどんな団体? 福江YEGは、昭和58年に福江商工会議所会員の若手有志によって発足し、これまで相互研鑽の為の勉強会、地元での地域イベントの企画開催や、ボランティア活動への参加等を通じて地元の経済発展の為に力を合わせ活動してきました。令和2年2月現在、総勢60名(23歳~45歳)の様々な業種のメンバーが集い、地元の抱える様々な問題にも正面から向き合いながら、自分たちの愛する地域をより良くしていけるよう頑張っています。 商工会議所青年部(通称YEG・若き起業家集団(Young Entrepreneurs Group)は、次代の地域経済を担う若手経営者・後継者の相互研鑽の場として、また、青年経済人として資質の向上と会員相互の交流を通じて、企業の発展と豊かな地域経済社会を築くことを目的として活動しています。 現在、商工会議所青年部は、全国463商工会議所のうち418か所に設置され、その会員数は34,000人を超え(令和元年5月現在)大きく成長してきました。 主な活動内容は? ゴミゼロ大作戦 20年以上続く福江YEGの伝統事業です。福江川の中へ入り、漂流ゴミや投棄されたゴミを回収する清掃活動としてスタートし、地元の各種団体や行政、小学生にも活動に参加してもらい、環境学習と、河川の水質改善への取り組みを一緒に行っています。 レトロ冒険隊 福江の歴史文化に関するクイズを解きながら街を歩き、日頃気付かない郷土の素晴らしさを発見してもらい、郷土を愛する心を育む目的で開催しています。 毎回企画が変わりますが、今年度は小学生を対象に、散策に加え伝統工芸品であるバラモン凧の絵付け体験、五島うどんの製造過程の学習もしてもらい、好評を得ました。 お仕事体験隊 福江YEGメンバーの様々な職業スキルを活かし、警察署や消防署等、公共機関の協力も得ながら、地元の子どもたちに様々な職業を体験してもらい、当日稼いだ仮想通貨で食事などを買ってもらうというイベントです。五島の未来を担う子供たちに様々な仕事や地元の企業を紹介することにより、地元への愛着と誇りを持ってもらい、将来地元へ戻って働きたいと思ってもらえるように取り組んでいます。 メンバー募集してます 福江YEGでは、一緒に活動していただけるメンバーを募集しています。 入会条件:福江商工会議所会員事業所の経営者または経営者が認める方のうち20歳以上45歳 以下の方。詳細は、事務局までお問い合わせ下さい(福江商工会議所 担当:平野) 連絡先:〒853-0005 五島市末広町8-4 TEL:0959-72-3108 FAX:0959-74-1588 WEB:http://www.fukue-yeg.com  

第22回 五島で輝いている人

吉村酒店 Bar style店主 吉村 大亮さん 五島が大好きな店主が経営する和気あいあいと楽しめる空間。新上五島町中心街のひとつ、青方地区に、若者が集う夜の遊び場「Bar style」があります。 上五島で、働きたい 新上五島町青方地区出身の吉村さん。子どもの頃からご家族が経営されている酒屋さんの手伝いをしながら、なんとなく「自分でもお店をやってみたい」という気持ちがいつもあったそうです。 「高校卒業の時期に、両親から『一度は外(島外)に出なさい』と言われました。五島が好きだったこともあり地元での就職の意思がありましたが、それに従い福岡の専門学校に通いました。そこでは経理の勉強等をしながら、履歴書の欄に書ききれないくらいのビジネス関係の資格をたくさんとりましたね。先生からはそのまま福岡に残って就職も勧められましたが、就職は地元である上五島でしたい、という気持ちが強くあり、19歳のときに上五島に戻り、就職しました。」 上五島に「遊び場」を 専門学校を卒業し、上五島へ戻ってきた吉村さん。当初は郵便局などで仕事をしていましたが、ある転機と自らの想いが重なり、自分のお店をオープンすることとなりました。 「もともとお酒を飲むのが好きで、飲み歩くことがすごく好きなほうなんです。実は自分がお客さんとして、styleに通っていて。今は青方で自分が経営していますけど、元々は別の場所にこのstyleはあったんですよ。ある日オーナーさんから『お店やらない?』と声をかけていただいて、昔からそんな風に考えていたこともあって、やりますと返事をしました。開店に向けて準備をしていたんですけど、親にはお店をやることは黙っていました。でもある時、親の耳にも入ってしまって、『反対されると思って言わなかったのか』と。その通りだったんですけど、自分の意思は固く許しをもらって、晴れて自分の地元・青方という場所にオープンすることになりました。今のお店の場所は、昔は自分の父親世代の方たちがたくさん集まるお店でもありました。そのこともあって、この青方で若者が集まることができる場所をまた作りたいという想いも強かったですね。何よりもこの辺りは居酒屋はありますけど、2軒目として遊びに行けるお店が昔と比べると少ないんですよね。それなら自分で作ろう、と。遊び場を提供したい!という気持ちが強くありましたね。」 2月で丸3年! 2020年2月で、オープンから3年を迎える「Bar style」。ご自分のこだわりと、様々なお客さんとの関わりやエピソードをお聞きしました。 「上五島だと特に、2軒目のお店がスナックで~なんてなることが多いんですけど、そういう場所って人によっては意外と気を使うし、好きに飲めないなんてこともあると思うんですよね。ここでは自分の好きなように、そして時間も気にせずにお客さんに飲んで欲しい。そんなこだわりもあって、店内には時計を置いていません。閉店時間を1時にはしていますけど、お客さんがいる限りは、開けちゃうかもしれませんね。とにかく、気を使わず、安く、楽しく飲んでほしいんです!そんな想いが叶っているからか分からないんですけど、自分の家か!っていうくらいくつろいでくれるお客さんもいますね。(笑)」 「小さい頃から野球をやっていて、今は中学生の指導に携わっています。指導を始めて8年になるんですけど、気付けば教え子がもう、お酒を飲める歳になっているんですよね。その子たちはもう島を出ていることが多いんですけど、帰省の際に顔を見せに来てくれるんですよ。自分は野球を教えていただけだったのに、こんな風に今でも関わることができてうれしいですね。野球の他にもソフトボール、バレーボール、今盛り上がっているラグビーは10年やっています。ナイターバレーでは常連さんでチームを作って出場していますし、対戦相手チームにも常連さんがいることも珍しくないですね。」 これからのstyle 「お客さんの層としては自分よりも年下の年代が多いんですけど、今後も若者の遊び場として、若い子たちにどんどん集まって欲しいですね。あとこれからは、島外から来た人と島の人が交流する場にもなって欲しいです。そのためにも自分が色々な場所へ顔を出して、繋がりを広げる努力をしないといけないと思っています。近くにホテルができたこともあるし、観光客の方にも食事の後に寄っていただいて、上五島の夜をぜひ楽しいものにしてもらいたいですね。」 とにかくお客さんに楽しんでもらうことを一番に考え、お店を経営している吉村さん。お酒の種類も豊富で、リクエストがあればできる限りで作ってくれるそうです。 カラオケはもちろん、ダーツやビリヤードもあるので、来店された際にはお酒を飲みながらご自分のスタイルで楽しんでみてはいかがでしょうか?  

五島ではたらく若者応援 fullyGOTO2020春号 表紙の顔

fullyGOTO 2020年 春号 表紙の顔 長尾 愛里さん 今回春号の表紙を飾ってくれたのは、長尾愛里(あいり)さん 28歳。 長崎で生まれ育ち、大学卒業後も地元で保育士をしていました。ダンスと出会ったのは5歳の時。それ以降ずっと彼女の側にはいつもダンスがあったと言います。ダンスを通じ現在のご主人と出会い、一昨年の10月に結婚。その後五島に移住し、現在はご主人が立ち上げたダンススクール「Raum Jack(ラウムジャック)」(zeroから名称変更)でガールズヒップホップを教えています。趣味は「ダンスと旅行」と言うほどのダンス好き。 小柄でキュートな愛里さんにお話をお聞きしました。 ダンスが背中を押してくれた 「母や祖母が日本舞踊や民踊、バレエをやっていたので、音楽や踊りというものは小さい頃から身近にありました。5歳の時、姉に付いて一緒にジャズダンスを始めたんです。」ここから愛里さんのダンス人生がスタートします。10年間ジャズダンスを習った後、高校から本格的にヒップホップやR&Bに転向。 「全てのダンスの基本と呼ばれるジャズダンスを小さい頃からやっていたので、すんなりと入っていけました。」その頃エグザイルなどヒップホップダンスを踊るアーティストの人気が出始めていましたが、『ヒップホップダンス=チャラチャラしている』というイメージから、『やること』に対してはあまり寛容でなく、自由にできる環境ではなかったと言います。「まだダンス部なんてなかったですし、同好会に入り、車の窓ガラスを鏡代わりに練習していました。高校が進学校だったため勉強も大変で、模試と発表会が同日だった時は流石に先生からダンスをやめろと言われたこともありました。」ダンスへの理解がまだまだ低く、肩身が狭かった高校時代。それでも決してやめる選択をしなかった愛里さん。学校以外でも、2ヶ所のダンススクールに通い、ひたすらダンスへの情熱を燃やしていきました。その一方で、同級生たちからは一目置かれ、学校の体育祭などではダンスの振り付けを任されたりすることも。 「実は人見知りで初対面だと緊張してしまう性格なんですが、ダンスを続けていたことで、人前に立ったり、人をまとめる役目を担う機会も多く、そういう事も自然とできるようになっていました。」 ダンスを教えるということ 「保育士をしていた頃、振り付けを考え子供達と一緒に踊っていましたがダンスを教えるのも好きでした。」そう話す愛里さん。 結婚が決まり、五島への移住するまでの半年間は、指導者側の視点でダンスを習ったといいます。「5クラスのレッスンを受けアイソレーション(基本的な動きの練習)の指導法や、実力レベルに合わせた振りの構成の仕方などを学びました。」現在、毎週日曜日にダンススクールで子供達に教えていますが、隔週土曜日には公民館講座で大人の方にも教えています。 「公民館講座は50代〜60代の方もいるんですが、世間話をしたりゆったりとした雰囲気の中、楽しく練習しています。3月の発表会に向け、皆さん毎回まじめに復習してきてくれるので嬉しいです。」「ダンススクールの子供達も、年間を通しイベントで踊ったり、年に1度は長崎で行われる大きな発表会にも出ているので、常に目標を持って練習に励んでくれています。」 基本ご主人は男の子のクラス、愛里さんは女の子のクラスを担当。女らしい動きを取り入れたガールズヒップホップを教えていますが、愛里さんの踊る姿は力強さの中に妖艶な雰囲気が漂い、ロングヘアの俊敏な動きがそれを一層引き立たせます。 指導者が憧れの存在であるからこそ、生徒達のモチベーションに繋がるのかも知れません。 今、思うこと 「私の頃とは違い、今はダンスが学校でも必須科目になりダンスへの見方や環境が変わってきています。でも、学校の授業でその楽しさに気付いても、それ以外の場所で続けられる環境がなければせっかく芽生えた感情は流されてしまい才能も伸ばせません。スポーツは苦手でもダンスは好きという子もたくさんいます。 卒業して島外に出ればいくらでもダンスができる環境は整っていますが、『今』感じた『楽しい』を見過ごさなくていい環境がもっと身近にあったら・・その手助けができたらいいなと思っています。」「今教えている子供達の殆どは高校を卒業したら島外に出てしまうと思いますが、大人になってもダンスを続けてくれたら嬉しいですね。そしていつか五島に戻ってきて、教える立場になってくれたらもっと嬉しいです。」と笑顔で話します。 親切な人たちと綺麗すぎる海が大好き 五島の魅力はなんですか?との問いに真っ先に答えてくれたのは『人柄』 「五島の方は社交的で、親切で、いつも気さくに話掛けてくれます。 ダンススクールの保護者の方々も本当に協力的で、いつも何かと助けられています。」「また音楽好きな方が多いのにも驚きました。」音楽関係のイベントにご主人と共に参加することも多く、音楽やダンスを通じコミュニティが広がっているとのこと。 「異業種間の繋がりがあり、みんなで一体となって五島を盛り上げようという意識の高さも感じますね。」昨年、ダンス界で著名な菅原小春さんが来島した際も、アシスタントとしてイベントに携わったという愛里さん。 「本当に夢のような時間でした。こんな貴重な経験ができたのも五島に移住したからですし、色んな方が連帯感を持って協力し合い、楽しんでいる姿に感動しました。」音楽は人と人とを心で繋ぎ、元気にする力があることをつくづく感じると言います。「そして何と言っても海が綺麗! 長崎は五島と近いですが、やはり五島の海は長崎と全然違いますね。特に高浜の魚藍観音像からの眺めは最高で、一番好きです。」 「まさか五島に住むことになるなんて思ってなかったんですが、亡くなった祖母が五島生まれだったことを、主人と知り合った後に知ったんです。きっと五島に縁があったんですね・・」 ご主人と共に五島のダンス好きな子供達の希望の光となった彼女。お話を聞いて、五島の宝だなぁとしみじみ感じました。