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【特集】岐宿町①

★五島の中心だった岐宿町!

五島家最初のお殿様、宇久家八代覚公が勢力拡大のため宇久島を後に福江島へ移り、最初の城を築いたのがここ岐宿町。城があったとされる眺望の良い城岳には今も石垣が少しだけ残っています。また岐宿町には、630年前覚公により遷宮され、現在五島四社のひとつである「巌立神社」があります。

珍しい原生植物が数十種類茂る社叢は、昭和45年、県の文化財(天然記念物)に指定されました。

さらにこの神社では600年以上続く例大祭が毎年9月中旬に行われていて、白装束の若者たちが担ぐ神輿が天狗とともに町内を巡行。翌日奉納される神楽は平成14年、五島神楽として国選択無形民俗文化財にも指定されました。
岐宿町で五島統治に尽力した覚公は、わずか6年で逝去。自らが建立した寺院「金福寺」に眠っています。600年以上も前この町にお殿様がいたなんて、お墓を目の前にすると感慨深いものがあります。誰でもお参りすることができるので一度行ってみて下さい。

★日本遺産がある岐宿町!

そのむかし、遣唐使船が風待ちや食糧や水の補給のため五島に寄港し、唐に出発したと伝えられていますが、岐宿町の白石地区も寄港地の一つであった事をご存知でしょうか?


大陸文化導入のため630年から始まった遣唐使船は、第14次から17次まで五島経由で実施され、岐宿町の白石湾(川原ノ浦)は、その寄港地として肥前風土記にも記されています。

その際、船の後ろ部分「とも」の綱を結んだと言われる石が、平成27年、日本遺産に認定されました。

高さ1m弱の「ともづな石」は仏像などと一緒にコンクリート製の祠に祀られていて、遣唐使船事業がなくなったあとも、航海安全・海運繁盛祈願として地元の崇敬を集めています。このほか遣唐使が出航を判断するために登ったといわれる山「障子ヶ岳」や、遣唐使船を修理したと言われる「轆轤場(ろくろば)」など、岐宿町には遣唐使船にまつわる伝説や遺跡が今も多く残り、後世に語り継がれてます。

 

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